――社内の人たちも喜久子と美智子の見分けがつかなかったのでは?
喜久子 みっちゃん(美智子さん)が廊下を歩いてたら、私の関連部署の方から会議の時間を確認されたりして。みっちゃんもきちんと「私は違います。美智子です」と言えばいいのに、「あ、そうだったかな」なんて曖昧な返事をするものだから、後で電話がかかってきて「会議の時間が間違っているけど、どういうことだ?」って。
そういうことはしょっちゅうありました。その頃は社員が1500人ぐらいいたんですけど、私たちのせいで結構周りを振り回していたみたいね。
――今もそうですが、昔から髪型も同じだったのですか。
喜久子 ほぼ一緒でしたね。
美智子 小学校の頃は腰まであるロングヘアで、自分たちで三つ編みをして学校へ行っていました。中学校でバスケットボール部に入ると決めて、2人で髪を短くカットして。それからはずっとショートです。
二卵性と聞かされ「しっくりきてなかった」けど一卵性だった
――ちなみに一卵性ですか?
美智子 そうです。でも、たーちゃん(忠義さん)たちは2017年くらいまで、ずーっと二卵性だと思っていたんだよね。
忠義 親にはそう言われて育ちましたからね。昭和17年(1942年)生まれですから、その頃は一卵性か二卵性かどうかはっきり分からなかったんでしょう。産院で生まれる時代じゃありませんでしたしね。家で生まれているわけですからね。
孝晴 双子ばかりを集めたテレビ番組に出た時に、大阪大学の先生もゲストでみえていて。僕たちは二卵性として喋ってたんですけど、番組が終わってから先生に「どう見てもあなたたちは一卵性だよ」と言われたんです。
忠義 大阪大学に、国の機関としてツインリサーチセンターという双子の専門機関があるんです。その先生がそこにいる方で、「一度、時間があったら調べにおいで」と声をかけてくれて。後日、大阪大学まで行き、ゲノムレベルまで全部検査してもらったんです。そうしたら、通知結果は「一卵性」。「今まで嘘ついてたけど、どうしよう」って笑いました。
――忠義さんと孝晴さんは、その結果を聞いていろいろ腑に落ちたと。
忠義 納得しましたよね。二卵性だと聞かされていたけど、2人で「なんか違うよな」としっくりきてなかったので。
写真=深野未季/文藝春秋
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