「医師でもあり研究者でもある父の背中を追って…」仮面浪人を経て医学部に入った姉

――お姉さんは、お父さんと自分をどこか同一視していたのでしょうか。

藤野 「優秀な父に似ている自分は優秀だ」とか「自分も父のようになるんだ」という気持ちが強かったんだと思います。僕が生まれる前のことですけど、1960年代に、父がフンボルト留学生に選ばれて西ドイツのハイデルベルクに滞在したことがあったんですね。

 その時に母と姉も同行したそうなんですが、当時、父のやっていた研究が世界的に注目されていたらしく、論文がイギリスの科学雑誌に何度か載ったりしていたんです。

ADVERTISEMENT

――幼少期にそんなお父さんの姿を間近で見ていた経験が、お姉さんにとって強い理想像を作るきっかけになったのでしょうか。

藤野 それはあったと思いますね。父の家系は祖父が小学校の校長先生だったせいもあってか、高学歴の人が多いと感じます。そういうところも、姉が父を強く意識するようになった理由のひとつかもしれないですね。

――藤野さんは、お姉さんが何かに縛られているように見えましたか。

藤野 姉は「父と同じところまで行かなきゃいけない」という風に、自分で作ったルールに縛られているように見えましたね。

 もちろんそれが統合失調症を発症した原因だと言いたいわけではありませんが、でもそのルールから逃げることができなかったことが、姉にはストレスになったかもしれません。

 医師でもあり研究者でもある父の背中を追ってか、姉は医学部を目指して2浪したあと、一度文系の大学に入ったんですが、すぐに退学して。医学部を目指して受験勉強を再開したのですが、浪人を避けて理系の大学に入り直したという経緯があるんです。医学部に合格したのはその後なので、仮面浪人も含めると4年間の浪人生活を送ったことになります。

藤野監督の姉。スコットランドで開かれた国際学会に向かう列車の中で。 ©2024動画工房ぞうしま

「人間関係に行き詰まってしまった」大学入学後に起こったこと

――お姉さんの努力が実り、念願かなって医学部に入学したのですね。

藤野 そうですね。ところが姉は、大学内で孤立してしまったようです。 母の説明によると、男女の付き合い方についても姉は父に相談していたようなんですけど、父は「最初から1人を選ばずに、まんべんなく付き合って最後に1人にすればいいんだ」と言ったらしいんですね。

 姉は父の言葉を実行して結果的に人間関係に行き詰まってしまったようです。母は姉に関することは被害妄想的な言動が多くて、どこまで事実か判断が難しいのですが。