2008年、統合失調症を発症してから25年が経ち、ようやく姉は精神科病院に入院した。治療によって少しずつ回復し、短い会話や家事もできるようになったという。
弟の藤野知明監督は、その家族の歳月を20年にわたって記録し、ドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』として公開。今年1月には同名の書籍『どうすればよかったか?』(文藝春秋)も刊行された。
2021年に肺がんで亡くなった姉について、藤野監督が今も抱いている後悔とは何か。そして、映画と書籍のタイトルに込めた思いとは――。(全4回の4回目/1回目から読む)
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「これしかないと思う方法で入院ができた」統合失調症の発症から25年、ようやく姉を医療に繋げられた
――お姉さんが統合失調症を発症したと思われる時期から25年が経過し、ようやく医療に繋げられた時はどんな心情でしたか。
藤野知明さん(以下、藤野) 力ずくで押さえつけたり、睡眠薬で眠らせて無理矢理連れて行くのではなく、家族みんなで車に乗って、姉が静かに車から降りて病院に着くという、本当にもうこれしかないと思う方法で入院ができたんですよね。それはすごく良かったなと。
ただ、このままだと姉がもし「退院したい」と言えば病院から出ることができるので、治療ができなくなってしまうんです。
だから手順的には、2人の医師が統合失調症という診断を出して、僕が代諾して、それから家庭裁判所に行って「3ヶ月の入院が必要です」という決定を出してもらうというように、姉の権利を一部制限することで入院ができたわけですね。
――お姉さんは入院したとき、何歳になっていたのでしょうか。
藤野 姉は49歳になっていました。以前、医学書に「長期間にわたって高いストレス下に置かれていると、脳に不可逆的な変化が起きる」という記述がされてあるのを読んでいたので、25年も治療が遅れた姉の場合は、治療効果を期待するのは難しいかもしれないと思っていました。
でもようやく治療が始まるのだから「何も変わりませんでした」というのは悲しいので、ひとつの目標として、姉とまた会話ができるようになればいいなと考えていました。でも、その目標を割と簡単にクリアしてしまったんですよ。

