「我が家が最後とは思えなかった」家族の映像をドキュメンタリー映画にして公開した理由
――藤野さんが、家族の映像をドキュメンタリー映画にして公開しようと思ったのはなぜですか。
藤野 統合失調症かもしれないのに精神科受診が遅れたり、家に閉じ込めたりするような状況は、我が家が最後とは思えなかったからです。
過去にも発達障害の子どもを部屋に監禁して餓死させた事件などがありましたけど、こういうことが実際に起きている以上、今から同じような対応を始める人もいるかもしれないと思ったんですよね。
家族を閉じ込めたり受診を遅らせたりするとどういう結果になるのか、なぜうまくいかないのか、ということを実例として提示し、なぜこうなってしまったのかを観た人に考えてもらうきっかけを作りたかった、というのが制作の意図です。
――映画を公開した後、どんな反響がありましたか。
藤野 当事者やご家族、医療従事者や行政関係の方も含めて、本当に色々な感想をいただいたんですよ。ご自身が統合失調症の診断を受けたという若い方もいらっしゃいましたが、昔に比べるとまだ状況は改善してきているとはいえ、まだまだ偏見やスティグマは残っているようです。
あとはネットの反応を見ていると「のんきにビデオを撮ってる暇があったら早く病院に連れて行けばよかった」というような感想もあってですね。できるんだったらその通りですけど、両親が反対している以上、入院を認める病院はないんですよね。
色んなところに電話で相談したり色々やりましたけど、「とにかく両親を説得してください」と、それしかできる方法はありませんでした。
一番予想外だったのは、80年代の精神科病院の状況を知る精神科医から届いた「お父さんの判断は正しかった」という感想でした。
――その精神科医の方は、なぜそう思ったのでしょうか。
藤野 80年代の精神科病院での治療や環境を知っていれば、子どもを入院させなかったことには一定の根拠があり、姉が家の中で人間らしく暮らすことができたのは重要だったという意見なんですね。
米国の駐日大使が統合失調症患者に切り付けられた「ライシャワー事件」などの影響もあり、あの頃は当事者を社会から排除する収容主義的な傾向が強かったという背景があったようです。
僕も映画の制作にあたって父にインタビューした際、当時の精神科病院での治療への不信感や虐待の可能性についても質問しましたけど「父の判断は正しかった」とまでは考えていなかったので、そういう見方もあるのだなと思いましたね。
両親が姉を病院に連れて行かなかった“4つの理由”
――両親がお姉さんを病院に連れて行かなかった理由について、どのように推測されていますか。映画や書籍では「4つの理由があった」と語られていましたが。
藤野 僕は映画の中で、姉の受診を拒んだ理由について、父に3つ質問をしたんですね。
最初に「病院の治療に期待が持てなかったからか?」と聞くと、父は「違う」と答えました。次に「病院で虐待が行われる可能性があったからか?」と聞くと、これにもまた父は「そうじゃない」と否定しました。
そして最後に「病気を恥じて、統合失調症だと診断されたことを受け止められなかったから、姉を連れ帰ってきたのか?」と質問をすると、父は「それはママなんだ」と答えました。続けて「パパはそういうことを考えたことはなかった。ママは統合失調症だと言われることを極端に嫌ったんだ」と。

