大学からの帰り道に、ゴミを拾い集めて帰ってくるように…
――勉強以外のところで辛い思いをしてしまったのですね。
藤野 その結果、解剖実習の単位を落としてしまったんですね。確か、解剖実習は学部へ入って最初くらいに取らないといけなかったんですけど、そこで単位を落としたのが姉としては辛かったんだと思います。
すごく何でもできる人だったので、そういう人間関係の部分で自分がコントロールできないというか、うまくいかなかったことで自信を失ってしまったのかもしれません。その頃から、姉は「自分は優秀だ」という手紙を、当時単身赴任をしていた父に送るようになっていたみたいなんです。
――お父さんはどんな反応だったのですか。
藤野 その手紙を読んだ父はかなり違和感を覚えていたそうです。文法がおかしいというわけではなく、姉がどうしてそんなわかりきったことをわざわざ手紙に書いて送ってくるのか、父には理解できなかったそうです。
その前後くらいに、姉が大学からの帰り道にゴミを拾い集めて帰ってくるようになったんです。
――それはどういったゴミだったのでしょう。
藤野 家から地下鉄の駅までは800メートルくらいの距離があったんですが、毎日、その間に落ちていた木の枝や空き缶、ビニール袋なんかを両手いっぱいに抱えて帰ってくるんですね。やっていること自体はいいことなんですけど、日常の変化では説明できない何かが起きているのではないかと心配にはなりましたよね。
「きれいでなければいけない、汚いことがあってはいけない」といった強迫観念のようなものがあったのかなと想像していますけど。
「夜7時か8時くらいに突然、隣の姉の部屋から叫び声が…」
――そういったお姉さんの様子を、周囲も感じ取っていたのでしょうか。
藤野 姉の様子が気になった医学部の人が、家族が気付いているか心配して、うちに来たこともありましたから。
姉に急性期症状が出て、救急車で運ばれたのはちょうどその時期だったと思います。
――お姉さんに何があったのですか。
藤野 1983年の春頃、姉が24歳で、僕が高校2年生の時ですね。あの頃は、僕も姉も夜ご飯を食べた後にすぐ寝て、夜中の12時か1時に起きて勉強をするという習慣があったんです。
その日も僕は夜6時くらいにご飯を食べて、そのあと自室で寝ていたんですが、夜7時か8時くらいに突然、隣の姉の部屋から叫び声が聞こえたんですね。
布団の中で唸ったり叫んだりしていたんですが、内容はとにかく現実とは思えない話をくり返していて。1つだけ覚えているのは「パパがテレビの歌番組に出て歌っていた時に応援しなくてごめんね」という内容です。
撮影=佐藤亘/文藝春秋
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