「一刻も早く家を出たい」雪深い新潟での少女時代と、父親への反発

 高橋李奈さんは1994年7月4日、新潟県十日町市に生まれた。米農家を営む祖父のもと、見渡す限りの田んぼと、冬にはどっさりと雪が積もる自然豊かな環境で育った。3人きょうだいの長女で、2歳下の妹と、10歳下の弟がいる。

 幼い頃の彼女は地元が大好きだったが、思春期を迎えるとその心境に変化が訪れる。原因は、父親との関係の悪化だった。

「中高の時は父と仲がすごく悪くて、もう大嫌いでした。父はすぐに怒鳴ったり怒ったりするような人で、それがすごく嫌だったんです」

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 父親に対する強い反発心は、彼女に「一刻も早く家を出たい。高校を出たら就職をしよう」という自立心を芽生えさせた。

私服姿の高橋李奈さん

「一番やっちゃいけないことをしたんだ」高1で起こしたバイク事故

 次第に素行が悪くなった高校1年生の終わり頃、人生の大きな転機となる事件を起こしてしまう。

 地元の同級生と集まって、遊んでいた時だった。コンビニの飲み物を買いに行こうとして、原付バイクで交通事故を起こしてしまったのだ。幸い、大きなケガはなかったが、李奈さんは自分のせいで周囲に迷惑をかけたことに恐怖と後悔で胸がいっぱいになった。何より彼女の心を深くえぐったのは、常に自分の味方でいてくれた母親の涙だった。

 迷惑をかけた人の家に謝りに行った時、母が「本当にすみませんでした」と何度も頭を下げた。その後ろで李奈さんも同じように頭を下げた時、母の肩が震えていることに気が付いた。泣いているのだ、と思った。

「ああ、やばい。一番やっちゃいけないことをしたんだ」

 この時、初めて李奈さんは、「変わろう」と強く思ったという。

 どうにか挽回せねばならない。でも、一度失った信用を取り戻すためにはどうすればいいか?

 考えた末、彼女が出した答えは「目に見える数字で返すこと」だった。それまで勉強が大嫌いで、同級生330人中320番台という成績だったが、彼女はその日から、人が変わったように机に向かった。

生い立ちから現在に至るまで、赤裸々に語ってくれた

「生まれて初めて何かに向き合えた瞬間でした」勉強の日々が成功体験に

 その変わりぶりは、1日のスケジュールから窺える。

 夕方は休みがちだったバレーボール部に真面目に向き合い、家に帰ったらご飯を食べて一度仮眠。深夜2時に起きてそこから猛勉強をする。誰も起きてこない、静まり返った夜は、彼女にとって集中力を研ぎ澄ませる時間だった。「数学は(小学校と中学校の内容から)地続きだから、一から勉強し直しました」と振り返る。

 この執念は、実を結ぶ。半年ほど経った頃、なんと成績が330人中50位まで急上昇したのだ。学校では、席替えの際に、「ちゃんと授業を聞きたいので、一番前にしてください」と直訴するほど態度が変わっていた。すると、最初は冷ややかだった周囲の目も、少しずつ変わっていった。