海外でも非常に注目されている「カクレキリシタン」
今では当事者たちもその名前で呼ばれることにもすっかり慣れ、ほとんど抵抗なく平気でその名称を使っている。ただし、「KAKURE」という部分を文字で書き表す場合、漢字、平仮名、片仮名の三種類が可能だが、筆者は少しでも隠れているという印象を与えないために、音だけを示す片仮名で「カクレキリシタン」と表記することを提唱している。「かくれキリシタン」という表記も存在するが、平仮名と片仮名をつなげて一語とするのは異例な用法であり不自然である。
最近では、カクレキリシタンは海外でも非常に注目されており、とりわけ欧米のキリスト教圏の人々の関心の高さは特筆に値する。筆者が知る限り、イギリスのターンブル氏(Stephen Turnbull)、コンゴ民主共和国のムンシ氏(Roger Vanzila Munsi)、スウェーデンのペラ氏(Kristian Pella)がカクレキリシタンで博士号を取得している。欧米の新聞社やテレビ局の取材も少なくない。
今でもカクレキリシタンがいることを知った人の次の質問は、「何人くらい信者がいるのか」というものである。これがまた難問である。どのような人をカクレと呼んでいいのかという、はっきりとした線引きが困難だからである。
現在では組織が解散してしまったところがほとんどであるが、解散しても個人的にカクレの神様を祀り続けている人は少なからずいる。祀るといっても、たいていは年に一回ないしは数回、お正月や、神様の命日などに、昔からの風習としてお供えをし、覚えている人は簡単なオラショを唱える程度である。
カクレの神様への信仰そのものが残っているというよりは、これまで、家の神様のひとつとして長年祀ってきたものであるから、慣習としてやめるわけにもいかず、続けているというのが実態である。そのことをのぞけば、ごくふつうの仏教徒と何ら変わるところはない。このような人たちを今でもカクレキリシタンの信仰を守り続けている人として信者数に加えるのは、形式上も実質上も適切とはいえない。
筆者は、カクレキリシタン信徒数に加えることができるのは、今でもカクレの信仰組織が残っている地区で、その組織の一員として認知されている人に限定するのが妥当と考えている。筆者が長崎県下でカクレキリシタンの調査を開始した昭和60年代の初め頃には、この基準に当てはまるのは、県下一円で400~500軒程度、人数にして1500~2000人程度であったが、現在では多く見積っても120軒弱、厳密にいえば80軒程度である。
