枕元の呼び出しチャイムが鳴る。母が呼んでいる。佑(たすく)は目をこすりながら階下へ降りる。母をベッドから抱き起こす。ひとりで動けない母をトイレへ連れていく。日に日に身体の自由が奪われていく難病。〈さんきゅー〉母の小さな声。深いため息と欠伸が出た――。

「僕が一番心に残っている言葉は、このお母さんの『さんきゅー』なんです」

 映画『90メートル』で母美咲(菅野美穂)を看病する高校生佑を演じた山時聡真さんは、静かに語る。

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「母としては『ありがとう』と言いたいけれど、息子に介護してもらうのは申し訳なく、迷惑をかけているんだけど傍にはいてほしい、そんな矛盾した思いと葛藤……。この少し軽い言葉の表現はそこから生まれたのかなと思います」

山時聡真さん

 佑がカレーを作る。二人だけの食卓。洗濯、洗い物。その合間にチャイムが鳴る。

〈べんきょうはできてる? しんろ、どうするの? ちゃんと、かんがえないと〉

〈……そんな暇ない〉

 高校三年。大学進学の希望はあるが、自分のほかに誰が母の面倒を看るのだ。

「佑は何に悩み、何が嫌で、どうしたいのか。撮影中ずっと考えていました。ヤングケアラーのことは勉強して、介助練習を通じて、母、美咲の病気を理解しようと努めました。この作品を重く受け止めてくださる方もいると思います。ただ、僕は同じ十代として、佑に共感するところがたくさんあって。思春期の親への反発。自分の嫌なことを知られたくない、心配されたくない、可哀想という目で見られたくない。そんな普通の高校生を純粋に演じようと思ったんです」

〈お前いなくなってチームどうすんだよ〉チームメイトの翔太(田中偉登)の目から逃げるようにバスケ部を辞めたことは、佑の心に深い影を落としている。高校時代、佑と同じバスケ部だった山時さんは、ひときわ実感を込めて振り返る。

「仕事で学校に行けなくても部活にだけは行く(笑)、それぐらいバスケが好きでした。ただ、僕はキャプテンだったので、例えば誰かが遅刻したら注意しないといけないんですけど、自分もよく休む手前、お前が言うなと思われるのが嫌で、注意できない時もあった。仲間と距離が生まれ、試合にも出られなかった佑の辛さは、痛いほどわかりました」

 そんなとき、ケアマネジャーの下村(西野七瀬)から、ヘルパーが増員され二十四時間ケアの体制が整ったと告げられる。美咲は安堵の色を浮かべ、ゆっくりと伝えるのだった。〈おかあさん、だいじょうぶだから。しんぱいしないで〉

©2026 映画『90メートル』製作委員会 配給:クロックワークス

「自分の時間を割いて、苛立ちながらも当たり前の事としてやってきた介護。もうしなくていいと言われて、希望が叶ったという感情と同時に、一緒にいたお母さんと離れるもどかしさ。佑を体感していて最も複雑に感じたところでした」

 佑は、自己推薦での受験を勧められる。バスケ部のマネージャー・杏花(南琴奈)には、初めて母の介護を打ち明けることができた。佑の失いかけた時間が再び動き出す一方、美咲は……。

 中川駿監督はこう述べている。ヤングケアラーは、「『他人任せにできず、自分の生活を犠牲にしてしまう』部分に問題の核がある」と。病気の母を看病し、看取った自身の経験が本作には投影されているという。

「自分の後悔を、この作品で昇華させたい――監督の気持ちを様々な境遇の人に届けたい。佑の姿に、自分がたくさんの人に愛されて生きてきたんだと、きっと気付くはずですから」

さんときそうま/2005年生まれ、東京都出身。16年に俳優デビュー。23年、アニメ映画『君たちはどう生きるか』で主人公・眞人の声を担当した。4月よりTBS火曜ドラマ『時すでにおスシ!?』に出演。

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映画『90メートル』
3月27日(金)全国公開
https://movie90m.com/

中川駿監督による映画ノベライズ『90メートル』(文春文庫)が発売中です。

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