変化していった2人の関係

 青嶋氏から見て、2人の関係は、当初は「ぎこちなかった」という。

「オークビルは小さな街ですし、スケートをして家に帰る。その繰り返しですからストレスもたまる。そんななか木原選手が、三浦選手に合わせてあげていた。練習場への送り迎えをして、マッサージに連れて行って。休日にはショッピングモールに行って、三浦選手の服や化粧品の買い物に付き合ってあげたりもする」(同前)

 診療所にお揃いのお手製弁当も持参していた。

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「彼らは夕方から夜にかけて予約を入れることが多いのですが、往復4時間かけて診療所に来ると、夕食の時間に被ってしまう。そこで木原選手が、お弁当を持ってきていました」(同前)

 20年春には新型コロナの影響を受ける。ロックダウンの影響で2カ月、滑ることができなかった。ホームシックになった三浦を、木原は気分転換にと、ドライブや散歩に連れ出した。

【ミラノ・コルティナ五輪】フィギュアスケート団体に挑むりくりゅう(三浦璃来、木原龍一)©JMPA

同じアパートに引っ越して

 21年、三浦は木原の住むアパートの別の部屋に引っ越した。2人の信頼関係は徐々に強まっていった。

 栄養士は付いているが、食事は自炊。木原の得意料理は圧力鍋を使ったカレーで、三浦はオムライスだが、

「木原の部屋のキッチンで三浦がチキンライスを作った時、ご飯が飛び散ってしまったそう。木原が『美味しいけれど、その後の掃除が……』とボヤいていたとか」(スポーツ紙記者)

 もちろん、2人で街に出かけることもある。2人が訪れた日本食の『舞レストラン』の店員が語る。

「最初、若いカップルかと思いましたが、スポンサー名の沢山入ったジャケットを着ていたので、アスリートだとわかりました。色々な料理を注文し、全部平らげていました」

カナダを訪れた坂本花織と野球観戦(三浦のSNSより)

ペアにとって一番必要なこと

 24年にはトロントに足を延ばし、カナダ国立バレエ団の「ドン・キホーテ」を見に行った。彼らをサポートする理学療法士のパトリック・ラヴォワ氏が元バレエ団関係者で、招待したのだ。パトリック氏が言う。

「龍一はこの経験を『プログラムのインスピレーションにした』と話していました。いまやダンサーたちも2人の大ファンです」

 こうした2人の円滑な交流は、スケートにも好影響を与えた。青嶋氏が語る。

「ある時、調子を尋ねたら、三浦選手が『トリプルトーループの調子が悪くてこけっぱなしなんです』と言った。すると木原選手が、すぐに練習中に転んだ瞬間の映像をiPadから探し出して見せてくれた。それで私はミスの原因となっている身体の不調を導き出すことができた。木原選手が怪我して落ち込んでいる時、三浦選手が主導して『こうしようよ!』と提案することも。木原選手への施術中にマリオカートをすることも無くなった(笑)。2人とも成長していきました」