池井戸 僕は、昔から江戸川乱歩賞は欲しいと思っていたけど、直木賞ってあんまり考えてなかった。でもある程度作家としてのキャリアを重ねると、好むと好まざるとにかかわらず、ベルトコンベアーのようにその前に運ばれて。候補だと言って周りは騒ぎ始めるんだけど、正直なところ賞を取るために小説を書いているんじゃない。だから、受賞が決まった時はうれしいというよりホッとした。ああ、よかった、これでもうあの煩わしさから離れられると思って。ところが、いったん離れて観客席に座ってみたら、他の人が候補になっているのを観戦するのは面白いんですよ(笑)。「あ、垣根さんまた候補になってる。今回は大丈夫かな」みたいな。
垣根 言いたい放題ですね(笑)。
池井戸 実際に直木賞を受賞してどうだったの?
垣根 僕も正直、そんなに直木賞を意識したことはなかった。池井戸さんも仰った通り、賞を目指して小説を書いているということはない。ただ、やはり候補に挙がったら気になるし、意識するのが人情ですよ。せっかく候補になったからには賞は頂きたい。受賞の連絡を頂いたときは、ホッとしたという感じですかね。
現代小説から歴史小説へ
池井戸 垣根さんは、そもそもなんで現代小説から歴史小説を書くようになったの?
垣根 基本的に、小説でしかできないエンタメを書きたいという気持ちがずっとあって。じゃあ小説でしか書けないものって何? といったら、文字上でしか表現できないような心理描写でもって、登場人物の内面を描くことだと。で、心理描写を主眼に置いても全く文句を言われない小説はなにかと考えたとき、おそらく実在の人物を扱った歴史小説だろうと。歴史小説を読む読者の方は人物に興味があるから楽しんでくれるわけで、こちらが心理描写をしっかり書き込んで、ストーリーが多少停滞したとしても、読者はその人物のことを読みたいはず。歴史小説なら勝負できるんじゃないかな、というところが始まりです。
池井戸 でもそれって、本質的には現代小説の書き方と変わらないよね。
垣根 そうですね。実を言うと、現代小説の感覚で歴史小説を書きたいなと。
池井戸 ああ、そういうことか。
垣根 七百年前の話でも、令和の今を生きている人たちが読むので、今という時代とリンクするようにいかに書くかということにすごく苦労します。人物描写も、基本的に資料に反することは全然書かないです。資料をもとに立ち上げていくんですけれども、その人物像が、モダンな今という時代に参考になる肖像ではないと、僕は書かないですね。
