「親になる」ことへの希望
――ダルデンヌ作品の主人公には親はいないか、いたとしても犯罪に手を染めていたり、アルコール中毒に陥っていたり、育児を放棄していたりと、「親」としての責任を欠いている場合がほとんどです。そしておっしゃるように、親から子に、貧困や負の精神が受け継がれることも多くの作品の中では示されますが、しかし『そして彼女たちは』はそのような要素を踏襲しつつ、「親になる」ことへの希望も感じられます。「親になる」ことに希望を感じているとすれば、それはどのようなものでしょうか。
ジャン= ピエール 私たちは牧師でもなければ社会学者でもないので、確信をもってその質問に答えることは難しいですね。ただ、より無意識の時点でその質問を掘り下げてみると、子どもはこれからの未来を体現した存在ではあるので、その意味で子どもや、彼らを生み出す親たちを描いているようには思います。
たとえば、第二次世界大戦の終わりから間もない時期に作られた日本映画や、イタリアのネオレアリズモ映画でも、子どもが主人公として出てくる作品は多いですし、多くの映画人に、荒廃した状況を乗り越える希望を子どもという存在に託す姿勢は見受けられるでしょう。私たちの映画もまたそうした系譜に位置づけられるとは思うので、だからこそ、「親になる」ことを肯定する姿勢が、自然と作品には内包されたのかもしれません。
――アフリカからベルギーへとわたってきた少女と少年が、“偽りの姉弟”として生きる姿を描いた前作『トリとロキタ』(2022)は、ダルデンヌ作品の中でももっとも悲劇的な色が強かったと思います。それは社会の逼迫した状況を反映したものとも感じたのですが、本作では対照的に、強い希望を肯定するような姿勢が印象的でした。前作から本作に至るまでの心境の経緯をお聞かせいただけますか。
リュック なぜこうした変化が生まれたのか、説明することは難しいですが、母親たちとの出会いからインスピレーションを得たことは大きいと思います。彼女たちは人生の脆さや、母親になることの困難に直面しながらも、それでも赤ちゃんや、自分たちの人生への責任から目を逸らすことなく、それぞれの戦いを続けていました。彼女たちのそうした戦いへの敬意が、作品の色合いに反映されたところはあると思います。

