橇に積んであった細長い木箱には、石油コンロや鍋、石油のポリタンク、ランプなどがキチンと収められている。この箱は「コッダカッウィ」と呼ばれる炊事用具箱で、犬橇の装備の必携品なのだ。植村さんはアルミ鍋に地面の雪をかきいれてお湯をわかし、紅茶をいれてくれた。熱い飲み物のありがたさを久しぶりに感じる。
「エスキモーもこうして、ちょくちょく休みながらいくんだよ。決して無理はしないね」
植村さんは今はとにかくエスキモーの流儀をとことん習ってみるつもりらしかった。
エスキモーの家における排便作法
流儀といえば、植村さんは前夜、エスキモーの家における排便作法をレクチャーしてくれた。
方法その一―エスキモーの家では、部屋の片隅に便器代わりのブリキのバケツが置いてある。ここでは人目もはばからず堂々としゃがんでするのが当たり前で、誰も気にする人はいない。ただ、用をたしたら自分で外へ持っていって捨ててくること。犬たちがすぐに駆け寄って、我さきに平らげてしまうであろう。
方法その二― 地吹雪(ブリザード)でもなければ、はじめから外で済ますほうが手っとりばやい。ただし、大事なところがシモヤケや凍傷にでもなっては大変だから、あまりねばらないほうがよい。また、気をつけなければならないのは犬。飢えた犬に尻をなめられたり嚙みつかれたりしないよう、必ず背後に壁をしょってしゃがみ、片手にたずさえた棒っきれで前方の敵を牽制しながらの用足しとなる……。
まるで川中島の信玄といった趣である。
それでも植村さんは、死角をついて後ろへまわりこんだ犬に、ふいに尻をなめられて飛び上がったこともあるという。それにしても、人間に不要になったものが犬たちにはまだ充分役に立って、その犬たちがまた人間の役に立ってくれるというのは、じつにありがたい話である。むろん犬たちの主食は、セイウチ、アザラシの肉ではあるのだが。
エスキモーの家に宿泊
モーリサという寂しげなエスキモーの村についた。どの家にも、高さ2メートルくらいの簡単な木のやぐらがあって、骨つきの肉のかたまりが無造作につんである。それは一瞬たじろぐほど無惨な光景でもあったが、このやぐらは貴重な食糧である肉を犬にとられないように高くしつらえた天然の冷凍庫なのだった。
植村さんの知り合いのカービヤングアという猟師の家に泊めてもらうことになった。やはりアザラシの肉を出されたが、こちらは塩炊きで、ほとんど抵抗なく食べられた。肉そのものは鯨肉をあっさりさせたような感じだが、脂身をそえて食べると、独特の旨みが出てくるのだった。
