打線はトップバッター秋山から始まり、3番浅村は打率.310、32本、127打点で打点王。4番山川は打率.281、47本、124打点で本塁打王とMVPを獲得。後ろの森友哉や外崎も二桁本塁打を放ち、中村も主に6~7番を任され28本塁打。下位打線まで一発の脅威を秘めていたうえに、5人もの打者が得点圏打率3割超で、満塁本塁打8本、3ラン28本とチャンスでの一発も量産した。71試合で6点以上を奪い、この「6点以上取った試合」は62勝9敗の高勝率。序盤から相手投手を打ち崩して先行する試合運びが多く、特に9月のソフトバンクとの首位攻防3連戦では初回から大量点を奪って3連勝し、相手に一度もリードを許さなかった。
ただし、山賊打線は、「自由に打て」と放任しているわけではない。辻はカウント3―0や3―1の場面から打って凡退した源田を呼び、「3ボールから打ちにいっていいバッターはいっぱいいるけれど、お前は違うだろ。お前はつなぎだろ」と話したという。辻自身が長く2番打者を務め、潤滑油として西武を支えてきただけに、源田に対しては自分の現役時代を重ね合わせる気持ちもあったのは間違いない。余談だが辻は、これまで見てきた遊撃手で一番守備がうまいのは源田とコメントしている。
投手陣はチーム防御率最下位と苦戦したが、エースの菊池と最多勝の多和田真三郎、新戦力の榎田大樹が先発ローテを辛うじて支えた。その他の先発は軒並み防御率4点台と不安定で貯金をつくれず、試合を壊される前に早めにリリーフへつなぐ采配が多用された。実際、シーズン30試合以上登板したリリーフ陣が6人(平井克典、野田昇吾、ヒース、増田達至、ワグナー、武隈祥太)おり、先発のイニングを短く区切って継投で逃げ切る試合が目立った。例えば9月17日の首位攻防の重要な一戦では、先発のウルフが初回に打ち込まれるや2回途中で迷わず降板させ、小刻みな継投策で追加点を許さず勝利するという大胆な決断も見られた。このように投手力不足を継投で補い、「打ち勝つ野球」に徹する戦略を貫いたのだ。
露呈した弱点を克服する柔軟なマネジメント
このシーズンを通じて他球団を圧倒した西武だったが、13勝12敗と唯一競り合ったのがソフトバンクだ。豊富な投手力で西武打線を封じ、25試合での西武の総得点はわずか59点(1試合平均2.36点)と、他球団に比べて極端に低く抑え込んでいた。
ソフトバンクとのCSで西武は5試合で44失点と投手陣が炎上しただけでなく、打線も沈黙。特に秋山、山川、中村といった主軸が軒並み打率1割台に抑え込まれ、持ち前の得点力を発揮できずに1勝のみで敗退した。実際のところ、ペナント向きではあるが短期決戦には不向きのチーム構成であり、シーズン中に露呈した投手力と守備力の欠落が致命傷となった。
連覇を狙った翌年は、エース菊池がMLB挑戦、MVP級の活躍をした浅村が楽天に移籍、捕手の炭谷を流出するなど、大幅な戦力ダウンでスタートした。実際、開幕直後に3連敗を喫するなど波に乗れず、辻は後の優勝会見で「正直、今年は(優勝が)厳しいかなと思った」と語っていた。
それでも諦めずチームを立て直し、シーズン終盤に最大8.5ゲーム差を大逆転してリーグ連覇を成し遂げた。この劇的な逆転優勝の裏には、柔軟な打順のテコ入れと投手起用策によるマネジメントがあった。
