大西さんは「行こう」って言うし、僕は「帰ろう」って言うし…
――命がかかっているからこそ、リスクを取らない判断が大事なんですね。
田中 ええ。「ここから先は引き返せない」っていうポイントに来た時に突っ込むか、「危ないから帰ろうか」っていう判断が大事です。そこで欲を出してたら生き残れないですね。
実は、一緒にセティ・ゴルジュに行った大西さんは、どちらかと言うとリスクを取ってでも行く人なんです。彼は「行こう」って言うし、僕は「帰ろう」って言うし。だから、しょっちゅう喧嘩するわけです(笑)。
でも、どっちも主観が入ってバイアスがかかっているから、違う人と違う意見を戦わせることでよりニュートラルな見方ができる。仲良しこよしで意見を押し殺していたら命に関わることなんで、そこは妥協できないですね。
原点となった探検家・関野氏が「植村直己冒険賞」審査委員に
――セティ・ゴルジュ踏破の功績で、権威ある「植村直己冒険賞」を受賞されました。
田中 この界隈ではものすごくステータスのある賞なので、素直にありがたいし名誉なことだと思っています。僕らは競技をやっているわけじゃなく、ただ自分が行きたいから自己満足で行っているだけなので、人から評価されることってまずないですから。
それに、格別の思いがあったんです。僕が高校生の時、探検に憧れるきっかけになったテレビ番組のナビゲーターだった、探検家の関野吉晴さんが、なんと植村直己冒険賞の審査委員だったんです!
僕の生き方を導いてくれた人が、僕の冒険を評価してくれた……。これはものすごく感慨深いものがありました。
――この探検は、地質学的な発見にもつながったと聞いています。
田中 地形が険しすぎて、これまで地質調査がちゃんと入ったことがなかった場所でした。僕たちの探検がきっかけになって地質学者の方がベースキャンプまで来られて、今まで「こういう理由でできた」と言われていた定説が、実は違う理由でできていたことが判明したんです。
僕らが入ったことで全貌が分かり、地形の把握や科学的な発見に貢献できた。珍しく世間の役に立つことができたのも嬉しかったですね。

