中3で再発、医者から「顔の原形がなくなる」と言われ…
――右上顎手術の後は、症状も落ち着いたのですか。
もりひ いや、そこからが大変でしたね。中学校3年生で左側に再発したんですよ。で、これ以上顎を取ったら顔の原形がなくなるって言われて。要するに、今みたいな状態になることを恐れたんですよ、お医者さんは。
で、こうなることを恐れた結果、重粒子線治療をやろうってなったんです。結局こうなっちゃいましたけどね(笑)。
だけど、中学生の頃にこの状態になってたら、今どうなっていたのかわかりませんから。その選択は間違ってはなかったんじゃないですかね。
――重粒子線治療というのは。
もりひ 放射線を2カ月間当ててましたね。まだできたばかりの治療だったんですけど、ピンポイントで放射線を当てるという。それの副作用がえげつなくて。がんと重粒子の影響、どっちもあるから、こんな感じで穴があいているんじゃないかって言われてて。
――放射線の副作用で、皮膚が焼けてしまうような。
もりひ 細胞の治癒能力がなくなるんですよ。放射線を当てるから、血流がない状態になる。がんでなくなったところは、ほんまやったら治ってきてくれるんですけど、そこが治らない。細胞がどんどん死んでいって。
最悪のコンビなんですよね。重粒子とがんの再発って。
「この痛さから逃げるためには飛び降りるしかない」
――抗がん剤の選択は。
もりひ 当時はなかったです。あまりにも再発していくスピードが速かったらしくて、「もうこの方法しかない」と、重粒子になったみたいですね。
――放射線を当てた直後、症状はどうなりましたか。
もりひ 4年間ぐらいは別になんともなかったんですよ。副作用も、口がちょっとずつ開きづらくなって、顔が赤くなったぐらいで。でも、4年後ぐらいに顎骨(がくこつ)壊死といって、口の中にばい菌が入ったんですね。
重粒子を当てていない状態なら、免疫となる細胞がそのばい菌を倒してくれるんですけど、その細胞がないもんで、ばい菌がどんどん広がっていって、歯茎がどんどんなくなっていって。
――歯茎は腫れただけでも痛いですけど、それが壊死すると。耐え難い痛みだったのではないですか。
もりひ いや、もうえげつないですよ。このときが一番ほんまにもう、自殺する間際まで行ったかもしれないです。ほんとに痛くて。辛いとかじゃなくて、この痛さから逃げるためには飛び降りるしかないってなって。
撮影=杉山秀樹/文藝春秋
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