小学2年生で極めて稀ながんである「明細胞性歯原性悪性腫瘍(めいさいぼうせいしげんせいあくせいしゅよう)」を発症し、15年にわたって闘病を続けているもりひさん(22)。
症状の進行によって顔面に穴が空いてしまったという彼に、専門学校2年で襲われた顎骨壊死、飛び降りることを考えるまでだった顎骨(がくこつ)壊死の壮絶な痛み、顔に穴が空いた時の様子などについて、話を聞いた。(全5回の3回目/4回目に続く)
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「地獄でしたね、あのときは」顎骨壊死を発症→壮絶な痛みに耐え続け…
――左上顎に放射線を当てる重粒子線治療を受けたものの、4年後に顎骨壊死を発症して歯茎がなくなってしまったとのことですが、治療はどんなことを。
もりひ 洗浄と痛み止めしかなかったですね。顎骨壊死が起きたのは、鍼灸の専門学校2年目の後半で。高校3年間はなんもなかったんですよ。だから陸上部入ってずっとやってたし。
顔のむくみはまだありましたけど、赤みもちょっと薄まってきて。僕も両親も、大油断してましたね。「もう大丈夫かな」って。
――ひたすら洗浄と痛みの対処を。
もりひ 寝て、洗浄して、痛み止めを打っての繰り返し。あのときは、あまりに痛くて1日1時間ぐらいしか寝られなかったです。痛み止めも効かないくらい痛いんですよ。
せん妄状態というか、痛み止めを飲み過ぎてボーッとしてるんですけど、それでもあまりの痛さに起きてしまうという。地獄でしたね、あのときは。
動く気力も出ないから、痛みに耐えるしかない。「ほんとにどこも行かれへんし」みたいな。痛さから逃げるために飛び降りるにしても、飛び降りる場所まで痛くて行けないっていう。そもそも飛び降りるのも怖いですし。やばかったですね。
専門学校卒業前にがん細胞が見つかり、抗がん剤治療開始
――治療のために、鍼灸の専門学校を休むことも。
もりひ 専門3年の夏に、「卒業せずに、やめて治療に専念したほうがいい」って言われたんですよ。でも、「いやです」って。「もう3年やってきて、みんなともめちゃくちゃ仲良かったので。どうなってもいい。僕はやめませんよ」って。「そのぐらい覚悟があるんやったら」となって、何事もなく卒業できました。
痛み止めを飲んで、その眠気をなんとか消して勉強するみたいな。30分やって、痛かったら休んで。集中できるときに集中するしかないんですよ。それでも、わりと円滑にできていたんじゃないかな。
で、顎骨壊死だけやと思ってたら、専門学校卒業前にがん細胞が見つかって。

