A級に上がれない強豪棋士のナゾ

野澤 順位戦ではA級に当然上がると思われたのに、上がれなかった棋士がいるじゃないですか。山崎隆之九段は23年目に上がりましたけど、中村修九段は20歳で王将を獲りながらも、福崎文吾九段は十段と王座を獲りながらもA級に上がっていない。最近では松尾歩八段がB級1組に13期連続在籍しながら果たせていない。そこに何があったのでしょうね?

北野 星の妙としか言いようがないですね。福崎九段が最もA級に近づいた1985年の話がとても印象深くて、勝てば上がれる最終戦の朝、家を出るとき奥さんに「今日、A級に上がってくるから」と約束したらしいんです。でも、結果的に福崎さんは負けてしまい、上がることができなかった。

 真夜中に帰宅して、玄関を開けると奥さんが電話を抱えたまま廊下で寝込んでしまっていたらしいんです。当時は携帯中継もないから結果はすぐに分からないじゃないですか。だから、報告を待っていたんですね。その時、福崎さんは、申し訳ないな、という思いと同時に、なんて愛らしい人なんだと思ったそうです。

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 僕はすごくその話が好きなんです。順位戦の重さや切なさを象徴しているような気がして。今回、藤本渚七段が初参加から一気にB級1組に上がったのは福崎さん以来、44年ぶりでした。

野澤 福崎九段は22歳でB級1組に上がっていますよね。かなり早い。

北野 上がれる、上がれない、ということについて順位戦には常に不思議さのようなものがあります。だからこそ、ひとつひとつの昇降級がこれほどまでに胸を打つのだと思います。

野澤 ピラミッド型になっていて、立ち位置を俯瞰して見られる残酷さもある。棋士は春にその年の順位戦表が送られてくると、それを眺めながら1年を戦っていくんだなと思うそうです。まさに“棋の暦”ですよね。それだけに何年も何年も、同じ場所から季節の巡りを見続けるのは辛いことだと思います。

一夜で明暗が分かれる昇級争いのドラマ

北野 3月は昇級する棋士の取材をする時期ですが、今回C級2組から上がった3人は、佐々木大地七段が9期、高野智史六段が10期、黒沢怜生六段が11期を懸けての昇級でした。実際に話を聞くと、いかに特別なことかがものすごく伝わります。

野澤 最後に何かが起きそうな予感というのが、順位戦にはありますよね。トーナメント方式と違い、昇級に自分の勝利だけでなく他者の勝敗が絡み合うからでしょう。

 辛辣な将棋ファンの中には、「C級の将棋なんて誰も見ない」という人もいます。鈴木大介九段に取材したときに「自分が四、五段の時には、勝っても負けてもニュースにもならなかった。それがタイトル戦に出て、初めて自分だけの将棋でないことがわかった」と聞きました。

 確かにC級2組の注目度は高くはない。でも甲子園大会のような若さの輝きと残酷さがあって、昇級争いの直接対決は見ているのが辛くなるほどです。私は正直、A級よりも最終日が気になる。今期、最も印象に残ったのは上村亘五段と宮嶋健太四段戦でした。