順位戦はなぜこんなにも心に響くのか

北野 上村五段は自分が勝った上で、他の結果によってC級2組に残留するかフリークラスになってしまうか、という状況でした。

野澤 宮嶋四段はそれまで1敗しかしておらず、勝てば自力昇級です。勢いからも、そのチャンスを逃すようには思えない。でも、上村五段が死に物狂いで戦うことが予想できた。彼は藤井聡太四段(当時)がまだ先手番で負け知らずで、圧倒的な勢いだったときに初めて黒星をつけている。逆境でギアが入るタイプに感じます。結果、宮嶋四段は2敗目を喫して昇級を逃し、上村五段は紙一重で残留を決めた。そして最後の昇級枠が佐々木七段へ渡った。

北野 あの将棋も、局後の上村さんへの取材も含めてとても胸に残るものでした。今回の本で伝えたかったのは、結局のところ「順位戦はなぜこんなにも心に響くのか」ということに尽きるんです。

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 藤井聡太名人が登場して、世間を巻き込んだ大きなブームを作り出しました。そして同時並行的にAIも進化して将棋界を席巻していった。それが将棋界のメインストリームとして描かれていく中でずっと思っていたことは「魅力的な棋士はもっともっとたくさんいるし、彼らの人間的な部分をもっと伝えなくちゃいけない」ということだったんです。

 私は2022年に朝日新聞に移ったのですが、最初に「何をやりましょうか」と相談した時に「順位戦を戦う棋士たちの物語をやりたいです」と伝えたんです。タイトルを「純情順位戦」と提案したら「え……純情?」というリアクションでしたけど。今時「純情」ってちょっと時代錯誤な印象があるじゃないですか。藤井名人も「最近あまり聞かない言葉ですよね」とおっしゃっていたくらいで(笑)。

 でも、私としては「AI」や「評価値」の対義語のような旗が必要だったんです。順位戦の担当者として毎日朝から深夜まで彼らの戦いを見守って、こんなに魅力的な人たち、魅力的なシーンを書かないで他に何をやるのかと考えていました。

北野新太『夜を戦う 純情順位戦』(朝日新聞出版)

野澤 羨ましく思います。私もできるなら順位戦に密着してみたい。一方で、それがどれだけ大変なことかもわかる。数年前に北野さんと飲んだときに、冗談で「僕はあと10年したら死んでます」と言っていましたが、順位戦の一局というのは、本当に長いわけじゃないですか。毎晩のように深夜まで、ときには午前3、4時までかかる。それを記事にして、午前10時までにまた将棋会館へ行く。一冊を仕上げるまでの苦労は、鶴が羽を抜いて機を織ってきたようなものじゃないですか。そりゃあ身を削りますよ。

北野 そうかもしれないですね(笑)。

野澤 「純情順位戦」はそういうものだと思って読ませてもらっています。情熱がなければ、とても続けられない。

北野 私にとっては確実に「仕事」なんですけど、ただ単純に「これは仕事です」と割り切っていたら、とても務まらない仕事だとは思います。結局のところ好きなんです。強いられているわけではなくて、好きなことだから続けられますけど、現代社会における労働基準からすると……。

野澤 ブラックホールよりもブラックですよね(笑)。