学校という尺度で測れるような存在ではない
野澤 永瀬九段は高校に入学してすぐに「自分には合わない」と辞めていますよね。北野さんの本の中には、千田翔太八段が学校に馴染まなかったことが書かれています。私も伊藤匠二冠から中学時代に不登校になった時期があり、学校でもほとんど話すことがなかったと聞きました。
行方尚史九段も、12歳で青森から一人上京して、中学時代は学校の方針と合わずに本当に苦しんだと語っています。この方達の場合は、思春期の漠然とした反発・不安ではなく、自分たちの持っている世界観、感受性が突出していて、平均的な教育システムに慣らされることを受け入れられなかったのでしょうね。
北野 単純に「学校」という尺度で測れるような人たちではないですから。
野澤 理解力が高いから授業の進行速度が遅すぎて、時間が無駄に感じるのかもしれません。中田功八段は博多の小学生時代に算数の成績が桁違いで、廊下に机を出されて一人で勝手にやらされたそうです。
北野 出来すぎて廊下……逆でしょ!と思いますね(笑)。学校教育ってある程度は足並みを揃えなきゃいけませんけど、奨励会に入って棋士になろうとする子は、他の子と並んで……なんていう気持ちがあるわけがないですから。(つづく)
その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。




