今、最も響くプロ棋士の言葉
野澤 棋士の言葉は魅力的ですが、特に挙げるとすれば?
北野 特定の誰かを挙げるのは難しい……というか不可能ですね。それぞれに魅力や個性があるので。だからこそ多くの棋士を取材しているのかもしれません。ただ「言葉」という観点で眺めた時、永瀬拓矢九段と佐藤天彦九段の言葉は本当に特別だと思います。
二人は思想や美意識、将棋観、人生観も全く違うと思いますけど、自分らしい言葉を大切に選んでいる点において非常に重なります。あの二人が来期もA級で戦うのは非常に楽しみですね。
野澤 永瀬九段は今最も言葉が響く存在だと感じています。将棋ファン以外の人にも、たくさん聞いてほしい。北野さんの本の中で彼は「自分は少数派で9割の人には伝わらないかもしれないけど、1割の人に伝わればいい」と話していますけど、むしろ逆で9割の人が欲しているのは永瀬九段の言葉だと思うんです。
彼は社会のエリートに向けて発しているんじゃない。学校の中でも自分に自信が持てないような子への応援のメッセージです。だからもっと多くの人に彼の言葉が届いてほしい。それが将棋界を広く認知してもらえるきっかけになると思います。
北野 きっと藤井名人からタイトルを奪取した時、永瀬さんの言葉はもっと強い意味や意義を持つと思うんです。先日の王将戦は敗れてしまいましたが、いつか果たした時に永瀬さんの存在感は変化して、さらに興味深くなると思います。
野澤 永瀬九段は、分かりやすい言葉を使われますよね。本人は厳しいイメージがありますが、言葉の響きはとても優しい。佐藤天彦九段は哲学的な香りがして、研ぎ澄ました思考を言葉に乗せている印象です。
北野 言葉の選び方の違いはあると思うんですけど、佐藤九段の表現の豊かさはかなり特別だと思います。ある問い掛けに対して、天彦さんほど向き合ってくれる取材対象に出会ったことはないかもしれません。そして、天彦さんも永瀬さんも「伝えたい」という意識がものすごく強い。
野澤 高名な科学者や数学者が人に伝えることが得意とは限りませんが、トップ棋士において永瀬・佐藤の二人は、言葉という武器も持っていますよね。まだ彼らを知らない人がその発言録を目にしたら、将棋界への認識が変わるんじゃないですか。あと、永瀬九段がお父様へのリスペクトを強く出しているのも好きです。
北野 ご両親にインタビューをしたことがありますけど、とても素敵なお父様とお母様でした。永瀬さんが小学生の頃、眠りに就いたお父様が深夜にトイレに立つ度、永瀬さんの部屋からパチッ、パチッ……と駒音が聞こえてくるらしいんです。小学生が午前1時とかに、ですよ? 棋士になる人、特にタイトルを獲るような人って、そういうものを持っていると思います。



