原因は漆か? それとも未知の毒か?

 同書によると、片山地方ではこの奇病を漆のせいだと考えられていたらしい。

 と言うのも、昔この地は商船が出入りする海であり、あるとき漆を積んだ船が停泊中に大風に遭って転覆。漆が海に流れ出たために、その後片山を通る者は皆、漆かぶれをするようになったというのだ。

 だが、藤井好直は漆を原因とすることを疑う。

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 彼はこの病気を治療するためにいろいろな薬を試したものの、少しも効果がなかったと嘆く。そして、「四方の同業者にこれを正してほしい」と他地域の医者に訴え、情報提供を呼びかけている。

 その執念は、明治10(1877)年に記された続編『片山附記』にも現れている。

「(前略)30年を経過して、その病気は少しは衰えたとはいえ、未だまったくなくなったわけではない。死亡する者もあとを絶たない。

 再び毒が出てきたのだろうか。昔のようになってはならない。

 最近医学が開明し、器械設備も備わってきた。(中略)

 毒が何であるかを知ることができれば、これを癒す方法も知れるだろう(後略)」

 このように、山梨、福岡、広島と日本各地でてんでばらばらに、しかし確実に人々を蝕んでいたナゾの病。

 実は日本から遠く離れた中国の地でも、その痕跡が発見されている。

中国のミイラから発見されたのは…

 1972年、中国湖南省。工事中に偶然発見されたという前漢時代の墓「馬王堆漢墓」。

 そこから出土したのは、紀元前175年頃に埋葬された、小王国の王妃・軑侯夫人の遺体だった。

 世界を震撼させたのは、その保存状態だ。

 2000年以上前の遺体であるにも関わらず、彼女の髪は黒々として、皮膚には弾力が残っていた。指で押せば、まるで生きている人間のように肉が沈み、また戻ったという。関節さえ動かすことができたとか。

 “奇跡のミイラ”とも呼ばれた彼女の遺体は、現代医学によって解剖されることとなった。

 そして、彼女の肝臓や大腸の壁から、無数の虫の卵が発見された。

 その卵は2000年の時を経てもなお、まるで今産み付けられたかのように生々しく新鮮な状態で保存されていたという。

 この病は日本の江戸時代に突然現れたものではない。紀元前のはるか昔から長江流域一帯に潜み、支配者層から名もなき農民まで無差別に襲ってきたのである。

 さて、中国の支配者夫人を冒した虫の卵とは。手足は棒のように痩せ細る一方で、腹部だけが太鼓のようにパンパンに膨れ上がり、苦しみの中で死に至るナゾの病の正体とは何なのか。

 その解明に向けた本格的な戦いは、明治の日本で幕を開ける――。(つづく)

次の記事に続く 「腸の中に卵が産み付けられていた」だけじゃない…太鼓のように腹が膨れる“ナゾの奇病”の感染者を解剖してわかった“衝撃の感染経路”とは

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