GHQまで介入した“駆除作戦”

 ミヤイリガイがいなければ、この病は防ぐことができる――。

 この事実が判明すると、ミヤイリガイを駆逐せよ、ということになった。

 大正時代から広島県や山梨県で始まった試みは、石灰による消毒、火炎照射、さらには天敵としてのアヒルの放し飼いなど。より有効な撲滅法を見つけようと試行錯誤したようだ。

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 昭和13(1938)年には、コンクリート化された水路付近にはミヤイリガイが存在しないことが判明。そこで、最善策として水路コンクリート化が提唱され、貝の生息地を奪うための大規模なインフラ整備が始まった。

コンクリート化された水路

 第二次世界大戦による混乱期を経て、日本住血吸虫症の長い歴史に登場するのが連合軍総司令部(GHQ)である。

 GHQの軍医が山梨県と福岡県にそれぞれ入り、実態調査を開始。日本住血吸虫撲滅対策の研究を始めた。なぜGHQが介入するようになったのだろうか。

 軍医らを流行地に案内した福岡県の医師(井上束「宮入貝とアメリカ軍医」/『久留米医師会史』昭和45年刊)によると、実はアメリカ軍も太平洋戦争におけるレイテ進攻の際、日本住血吸虫に悩まされていたという。

「マラリアへの米軍対策は見事であったらしいが、レイテ島に宮入貝が生息していようとは、さすがの米軍軍医部も気付かなかったために、1700人以上の兵士が戦闘から脱落し、延べ30万以上の戦闘力と、300万ドルもの治療費を失ったとあるから、これに懲りての調査であったのかと合点がいった次第である」

 GHQの研究によって集団治療が始まり、ミヤイリガイを殺貝するために薬を散布。こうして、ようやく流行地における日本住血吸虫症の感染率は減少したのだった。