今なおこの病に苦しむ地域は多い
日本住血吸虫の影に怯えずに済むようになったのは、割と最近のことである。
広島県で「日本住血吸虫病流行終息報告書」が出されたのは平成3(1991)年。山梨県では平成8(1996)年に日本住血吸虫症流行の終息を宣言。福岡県で同じく終息宣言が出たのは平成12(2000)年だ。
しかし、これは“撲滅”ではなく、あくまで国内での“終息”に過ぎない。世界に目を向ければ、今なおこの病に苦しむ地域は多い。
「地方病に挑む会」を立ち上げてフィリピンへ15年間で60万人分の治療薬を寄贈し、日本住血吸虫症の撲滅事業に尽力し続けた医師・林正高氏。
氏はまだまだ問題は山積みと警鐘を鳴らす。日本が持つ知識と技術を世界に伝えることの重要性を説いている。
平成28(2016)年にこの世を去った氏の思いは、今、どれほどの人々に伝わっているだろうか。
私たちが当たり前のように水辺に立てる今日という日は、先人たちが文字通り泥にまみれ、寄生虫と戦い抜いた歴史の上に成り立っている。その戦いの記録を私たちは決して忘れてはならない。
〈参考〉
・『久留米市誌 上編』(久留米市役所/1932年)
・『久留米市誌 中編』(久留米市役所/1932年)
・『続久留米市誌 上巻』(久留米市役所/1955年)
・山梨地方病撲滅協力会編『地方病とのたたかい』(山梨地方病撲滅協力会/1977年)
・『筑後川流域における日本住血吸虫病撲滅史』(水資源開発公団、筑後川開発局、筑後大堰管理所/1986年)
・小林照幸『死の貝』(文藝春秋/1998年)
・林正高『寄生虫との百年戦争―日本住血吸虫症・撲滅への道―』(毎日新聞社/2000年)
・『山梨県史 通史編5 近現代1』(山梨日日新聞社/2005年)
・宮入慶之助記念誌編纂委員会編『住血吸虫症と宮入慶之助―ミヤイリガイ発見から90年―』(九州大学出版会/2005年)
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