捜査終結から20年以上を経て開催された「北九州事件慰労会」

 屈強な男女から、尋常ではない「あの事件の捜査」についての思い出話が飛び交う。その大半が、これまでになかった苦労をしたという内容だ。一部の幹部を除き、現場の捜査員は、自分の担当したこと以外に、どんな仕事があったのかは詳細を知らない。そのため驚きの声が上がり、それは苦労したはずだと笑いが起こる。

 正午に始まった宴は、思い出話が尽きず、予定を過ぎた午後3時半頃まで続いた。

この会に掲げられた名は「北九州事件慰労会」。

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 以下、「北九州監禁連続殺人事件」との呼称を使用するが、同事件の捜査に携わった捜査員たちによる、03年の捜査終結から22年後に開かれた、2度目の慰労会である。

 02年3月7日の犯人逮捕によって公になった「北九州監禁連続殺人事件」は、2人の中年男女に監禁されていた、17歳の少女が逃走したことで発覚した。この少女に対する監禁・傷害の他に、別の女性への監禁致傷や詐欺・強盗、そして7件の殺人(うち1件は傷害致死の判決)が事件化されており、03年6月、最後の案件の殺人罪での起訴をもって、主要な捜査はすべて終結した。

 同事件は主犯の男が、5歳の男児や10歳の女児を含む3世代の家族内での殺人を命じて、死体の解体を行わせるなど、その残酷な犯行内容とともに、解体された遺体の痕跡が残らないように遺棄された、「死体無き殺人事件」として広く知られる。

 通常、特捜(特別捜査本部)事件の後の慰労会は、捜査が終結して間もなく、捜査本部が置かれた警察署の道場や会議室で行われる。だが、この「北九州事件慰労会」は、捜査終結から20年以上を経てから、外部の会場を借りて再び開催されたもので、異例の出来事だった。

 それだけでも、捜査員がどのような思いで捜査に関わってきたかが伝わってくる。同会の参加者は語る。

「当時の管理官も亡くなっているし、捜査員のなかでも亡くなる者が出始めました。その他にも、認知症で入院したりとか……。それで、元気な者がおるうちに、やろうということになったんです」