「肉が腐ったような臭いが…」
この事件の捜査に特捜として入った福岡県警本部の捜査一課と小倉北署員計36名のうち、参加できたのは20名。参加できなかったのは、物故者が3名、病気や介護、被介護、入院中だったのが10名、勤務の都合が3名だった。
捜査終結に至るまでに、多大なる苦労を伴う捜査だったことは想像に難くない。なにしろ、殺人事件のなかでも立証が難しいとされる、「死体無き殺人事件」で、しかも、被害者が7名もいるのである。
通常、死体があってこそ、死因や死亡時期の特定(推定)が可能となる。しかし、その手がかりが無いなかで、この時期にかかる状況で死亡したこと以外には考えられないということを、証明しなければならないのだ。さらにいえば、「殺人」容疑を成立させるためには、加害者の関与と殺意についての立証も必要となる。
私自身のことをいえば、この事件の取材で、北九州市の現場に入ったのは、男女2人が逮捕されて2日後の3月9日である。男女は名前を明かしておらず、氏名不詳とのことだった。その段階では、「男女が少女を監禁して暴行を加えた事件」でしかなく、7名死亡ということは想像もしていない。それに、そうした情報はまったく出ていなかった。
ただ、後から考えると、「そういうことだったか」と合点のいく話は、取材を始めて間もない時期から耳にしている。
現場となった小倉北区にある「片野マンション30×号室」(仮名)では、建物の1階にスナックが入っており、同店の出入口以外の周囲には立ち入り禁止の規制線が張られるなかで、営業を続けていた。この店のママが、件の部屋の真下である、20×号室に住んでいたのである。取材で店を訪ねた私にママは話す。
「たしか5、6年前やったんやけど、深夜に1週間くらい、ギーコ、ギーコっち感じでノコギリみたいなのを挽く音が響きよったんよね。それで、なんの音かねえっち言いよったら、しばらくしてから、3階より上の階で肉が腐ったような臭いがするようになったの。もう、鼻が曲がるような臭い。その臭いが2、3年くらい続いたかねえ。とくに夏場になるとひどくなったんよね」
話を聞いたときは、いったいなにがあったのか、事件と結びつけて考えられなかったが、後になって、件の部屋で被害者たちの遺体が解体されていたことを知る。その際にノコギリで骨を切断し、鍋で肉を煮てミキサーにかけていたことが明らかになり、ママの話と関連付けることができたのだった。