街を一変させたイオンモール

 兵庫運河というこの運河沿いはちょっとした遊歩道として整備されていて、対岸にはイオンモール神戸南がある。奥に中央卸売市場がちらりと見えるから、きっとイオンももとは市場の一部だったのだろう。オープンしたのは2017年のことだ。

 

 すぐ脇には市場があって物流倉庫も建ち並び、さらに三菱重工などの大工場も近い。かつては兵庫駅にも貨物列車が行ったり来たり。

 

 そんな武骨だったはずのエリアも、イオンがひとつできて運河沿いが遊歩道になれば、とたんに町の雰囲気が変わる。都会の真ん中のイオンも、なかなかのエネルギーを持っているのだ。

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 運河沿いを少し南に歩くと、真光寺という立派なお寺、そして大輪田橋の袂に清盛塚という史跡があった。この清盛とは、いうまでもなく平清盛だ。清盛塚は鎌倉時代に建てられた平清盛の供養塔なのだとか。

江戸時代は繁栄していた

 兵庫という町のルーツは、清盛によって作られたといっていい。奈良・平安の昔から大輪田泊と呼ばれた港だったが、それを清盛が大改修して巨大な宋船の入れる港にリニューアル。日宋貿易の拠点として繁栄した。

 その後も一貫して畿内の重要な港であり続け、室町時代には足利義満らによる日明貿易の拠点にもなっている。戦国時代には堺が貿易拠点になって一時的に衰退するが、江戸時代には商都・大坂の外港として繁栄を取り戻した。

 

 兵庫は西廻り航路の寄港地で、また西国街道の宿場町でもあった。そのため、西国の大名は陸路・海路問わずに参勤交代の途上に兵庫に立ち寄り、実に人口約2万人という港湾都市が形作られたのだ。