かつての私鉄ターミナル駅の跡地には…

 兵庫駅の北口、西国街道を渡った先にひとつのビルが建っている。関西スーパーという地場のスーパーマーケットが入り、他に1階にはちょっとした商店街。上層部は高層マンションになっている。南口にも似たような建物を見かけたが、それと比べるとやや古めかしい印象を抱く。

 

 この駅前のビルは、1973年に完成した。南口のキャナルタウン兵庫の団地群ができたのが1999年だから、見た目の印象通りそれよりだいぶ古いのだ。

 というのも、かつて兵庫駅の北口には、山陽電鉄という私鉄のターミナル・電鉄兵庫駅があった。その場所が、ちょうど駅前の関西スーパーのビルの場所。

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 姫路・明石方面から神戸に向かって線路を延ばしてきた山陽電鉄は、神戸の市街地に入るその直前、兵庫にターミナルを置いた。ここで神戸市電と接続することで、郊外から市内への輸送を担った、というわけだ。

 つまり、江戸時代までは港湾都市・兵庫の入口だった柳原蛭子神社が近くにあり、近代になっても郊外の私鉄と市営交通の境目のターミナルが設けられた。いまやすっかり都市の範囲が拡大してしまったが、そもそも兵庫駅とその町は“神戸への入口”であったというわけだ。

 

 電鉄兵庫駅は、1910年から1968年まで兵庫駅前にあった。1968年に神戸高速鉄道が開業し、いまでは少し北にある大開通の地下を通って神戸の中心部に乗り入れるようになった。廃止された代わりに、駅の跡地が再開発されて件のビルができたのである。

 ちなみに、いわば50年前の再開発ビル。上層部の団地は地上20階建てで、当時は「日本初の超高層団地」という触れ込みだったのだとか。

 

神戸の原点といえる街

 ともあれ、いまではもはや“入口”のイメージは消え失せた兵庫駅。それどころか、明石方面からやってきた新快速は兵庫駅をすっ飛ばして神戸、そして三ノ宮へと走ってゆく。

 

 湊川もとうの昔に埋め立てられて、兵庫だ神戸だとその違いを意識することも、少なくとも端から見る限りはなくなった。いつの間にやら、兵庫駅の風景は神戸駅や三ノ宮駅とはまったく違う、繁華街や都市の中心といった空気には乏しいものになってしまった。

 

 しかし、それでも神戸という都市の原点であるという事実、また明治以降は工業地帯として日本を支えた町であるという事実を抱きながら、歴史を刻んでいるのである。

撮影=鼠入昌史

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