収録された四編の共通点とは

 テーマはあとに回すとして、他の収録作を見ていこう。楽しくて、笑えて、泣ける―なるほどそういう話を書く人なのだなと思って次の「よもぎの心」を読むと驚くことになる。こちらは河童(かっぱ)に殺された(かもしれない)男の話である。展開も結末もダークで、胸にずしんと来る一編。

「孤蝶の夢」は「オール讀物」に掲載された「スガリ」と「孤蝶の夢」を一編にまとめて再構成した短編だ。虐待に耐えかねて逃げ出した少年・梛丸(なぎまる)が、医術を修めた尼と山の猟師によって再生へと導かれる。捻りの効いたミステリ的な趣向も物語のテーマを深めている。梛丸が猟師から習うさまざまな技能も読みどころ。

 掉尾(とうび)を飾る「ねこまた」では荒物屋の用心棒に雇われた浪人・又四郎が、“かちん”という名の黒猫を可愛がる娘とその猫を嫌う店主の板挟みになる。どうやらかちんが化け猫になりかかっているらしいのだが……。こちらは人情ものの風合いが強く、市井(しせい)の人々の描写がいきいきとしているのがいい。

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 それぞれ雰囲気が異なり、それだけで引き出しの多さがわかろうというものだが、この四編には共通点がある。ひとつは怪異の存在。そしてもうひとつは「過去を乗り越える」というテーマだ。

「首ざむらい」の小平太が置かれた、武士の血筋という環境。さらに旅立つ前に母に告げられた衝撃的なできごともあり、小平太は自分が何者かという足場が揺らいでいた。「孤蝶の夢」も「ねこまた」も、血筋は武士なのにそこからはずれてしまった者の物語だ。「よもぎの心」には、医者になるよう育てられたのにはしごをはずされた少年が登場する。

 本来の自分とは何なのか。自分が()って立つべきところはどこなのか。それぞれ作風も、その方法も、そして結末も異なるが、いずれも過去のこだわりと決別するまでの足掻(あが)きと、それを超えて前に進もうとする姿が描かれているのである。

 そんな彼らを助け、後押しするのが怪異なのだ(「よもぎの心」だけは少し方向性が異なるが)。小平太が生首との友情の果てに得たもの、梛丸が前を向くために必要だった離別、又四郎が過去を整理するきっかけとなった不可思議な冒険。彼らが向き合ったのは怪異そのものではなく、怪異を通して浮かび上がる自分の姿だ。

雰囲気の異なる四つの物語を楽しめる。

引き出しの多い作家

 本書の怪異は怖くない。本当に怖いのは知りたくなかった自分の卑小さだったり、何もできない弱さだったりを認めることなのである。著者の描く怪異は、主人公に寄り添い、背中を押し、運命に立ち向かう勇気をくれる切なくも優しい怪異だ。それが由原かのんの怪異譚なのである。

 さて、冒頭で書いた『おりせ人形帖』で「あっ」と思ったことについて。実は『おりせ人形帖』に、「首ざむらい」の話が出てくるのだ。なるほど、確かに彼の実家の仕事は……ということはこの人との関係は……とにやにやしてしまった。

 さらに、著者の二作目『ねこまた 狸穴素浪人始末(まみあなすろうにんしまつ)』(光文社文庫)は、本書収録の「ねこまた」のその後の話である。又四郎に加え、黒猫かちんも大活躍だ。

 引き出しの多い作家と書いたが、その引き出しはもしかしたら中でつながっているのかもしれない。今後の由原ワールドに期待である。

首ざむらい 江戸妖かし綺譚 (文春文庫)

由原 かのん

文藝春秋

2026年5月8日 発売

おりせ人形帖

由原 かのん

文藝春秋

2026年5月13日 発売

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