「20代後半で亡くなる人も多い」――医師からの非情な宣告を乗り越え、30歳で第一子を出産した愛迷みんみんさん。しかし、産後は持病の心不全が悪化し、左腕が上がらず我が子を抱っこできないなど、想像を絶する過酷な育児が待ち受けていた。

 いつ何があるか分からない恐怖と闘いながら、なぜ彼女は命を懸けて「生命のバトン」を繋いだのか。我が子へ贈る言葉とともに紹介する。

愛迷みんみんさん夫婦のツーショット

◆◆◆

ADVERTISEMENT

奇跡的に助けられた命を「繋いでみたい」

――深刻な持病があるなかで「子どもを持とう」と決断するのは、容易ではなかったと思います。

愛迷みんみん(以下、愛迷) そうですね。確かに、「本当に自分が母親になれるだろうか、なってよいのだろうか」という自問がありました。当然、結婚よりずっと前に夫にも「子どもができる身体かどうかわからない」と説明していました。夫は何より私の身体を気遣ってくれていて、「子どもはできたら嬉しいけど、無理をしてほしくない」というスタンスだったと思います。どちらかといえば、私が子どもを積極的に望んだ経緯があります。

――それはどうしてでしょうか。

愛迷 私の生命は、特に人生の初期において、いつ消えてしまってもおかしくないほどの脅威にさらされながらも奇跡的に助けていただいたものだと思っています。当時の医療従事者の皆さんはもちろん、家族にも随分と心配と負担をかけました。その生命を「繋いでみたい」と思ったんです。

 そしていつからか、私のなかで、赤ちゃんを産んで当時お世話になった先生たちにお礼を言うことが夢になっていました。「生命を繋いでいただいて、ありがとうございました」。そう言える日が来たのが、とても嬉しく誇らしいです。

――親になると育児にかなりの体力を使うのではないかと思いますが、そのあたりはどうですか。