いまから90年前、1936年5月18日に起きた「阿部(さだ)事件」。昭和戦前の事件を眺めて、抜きん出て後世の人々に強烈な印象を残し、伝説化している事件の一つだ。この事件の何が強烈な記憶を人々に刻み込んだのか。長い年月がたったいまも異様な光を放って人々を引き付ける、その正体は何なのか。当時の新聞記事は見出しはそのまま、本文は適宜書き換え、要約する。文中いまは使われない差別語、不快用語が登場するほか、敬称は省略する。(全5回の2回目)

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逃走した阿部定の足取りは…

 殺した男の局部を切り取り、姿をくらました阿部定。その後の動きは刻々と捜査本部に入った。5月19日発行20日付読売夕刊の「怪美人を追ふ(う)捜査隊 變(変)装、偽名して轉(転)々と 帝都内に潜伏の形跡」という見出しの記事を基にすると、それは次のようだった。

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 18日朝、ハイヤーで「まさき」*を出ると、新宿伊勢丹前交差点に至り、そこで車を乗り捨てて円タクに乗り換え、午前9時半ごろ、かねて知り合いの下谷区上野町3ノ10、古着店「田中第三分店」こと小野真二方に現れた。

「暖かくなりましたから、もうこれは着ていられないよ。何か格好のセルはありませんか」と、取り乱した様子もなく店内をしばらく見回していた。望む品物がなかったので、銀色と白色の鱗模様のある薄ねずみ色の(うずら)お召の単衣(ひとえ)を5円で買い求め、着てきた角型浮織袷縮緬(あわせちりめん)の着物、薄ねずみ鶉縮緬の単衣羽織を13円50銭で売り払い、奥の間で着替えして差し引き8円50銭を受け取った。大事そうに所持してきた新聞包みと脱ぎ捨てた長じゅばんを風呂敷に包み、これを抱えて同10時すぎ、立ち去った。

*犯行現場となった待合(=芸者と飲食、宿泊ができる場所)
*「円タク」=1円(現在の約2000円)均一のタクシーのこと

「セル」とはいまで言うウールで、当時は春秋の季節の変わり目によく着られた。「鶉お召」は絞りの大きなちりめん(湯で縮ませた絹織物)で、明治末から大正時代に流行した。袷は裏地の付いた、単衣は裏地の付かない着物。当時の5円は現在の価格に換算すると約1万円で、13円50銭、8円50銭はそれぞれ約2万7000円と約1万7000円。