変装というより、着物を着慣れた女性が5月後半という時季に合わせて着替えた印象。とても殺人を犯して逃走中の凶悪犯とは思えない、悠々として「粋」さえ感じさせる言動だ。
定は着替えた後、その足で関係を持っていたもう1人の男・大宮五郎(大宮校長)にも会っている。大宮校長の申し立てによると、この時に定は「いろいろお世話になりました」と別れの言葉らしいことを述べていたという。
「犯罪史始まって以来の怪事件」
「わが国犯罪史始まって以来最初の怪事件」(20日付読売夕刊)に報道はエスカレート。ちょうどこのとき、アメリカの「喜劇王」チャーリー・チャップリンとフランスの芸術家ジャン・コクトーが来日していたが、彼らのニュースは紙面の隅に追いやられた。
20日付夕刊各紙の見出しだけ見ても「巧みに捜査網潜る 變(変)化の殺人美女」(東朝)、「凶行後も平然と 市内を歩き廻る」(東日)、「グロ殺人の女いづ(ず)こ」(報知)……。東朝は定の生い立ちをつづった「暗い流轉(転)の半生 歪められた變態の女」という記事を掲載。読売は警視庁衛生部の技師を使って「復讐か嫉妬か 彼女の心理解剖」を試みている。
「いずこに彷徨ふ妖婦」
20日付朝刊になると、定が18日午後、新橋の古着屋でまたセルの着物に着替えたことを各紙報じた。「大膽(胆)、再び變装して 風の如く消える」(東京朝日〔東日〕)、「まるで變幻・女役者」(時事新報〔時事〕)……。定の一挙手一投足を事細かに伝え、東朝、東日、読売、国民、都は足どりを図解で載せる大報道。朝日は「いずこに彷徨ふ? 妖婦“血文字の定”」の見出しで、本文はこうだ。
「警視庁捜査当局が全管下の警察はもとより、近県各地のおよそ犯人が立ち回るべき懸念のある温泉地はじめ、あらゆる筋へ水も漏らさぬ手配を発して厳探(厳重探索)を続けているにもかかわらず、依然検挙に至らず、しかも、その後判明してくる同女の逃走経路は巧みに網目を潜り、躍起の警察当局を尻目にかけ悠々然たるものがあり、今後はたしていかなる方面へいかなる形でその姿を現すか、興味はますます加わるばかり……」
どこか面白がっているようにも思える。
定を形容する語句も毒々しくなる一方で、同日紙面でも「妖美な悪の華」(読売)、「淫奔で情熱の情痴的痴呆者」(都)……。



