「エー、そうよ、私はお尋ね者だわ」 

 単衣を着たまま寝床に長々と寝そべっていたが、女中が「警察の方が見えました」と言うと、「あ、そう」とさりげないふうで起き上がり、安藤刑事が「おまえ、偽名を使っているな」と言うと「エー、そうよ、私はお尋ね者だわ」。さらに「あれを持っているな」「エー、持っていてよ」と、帯の間のハトロン紙包みをのぞかせたのち、洗面所で最後の化粧をして、ニヤリとスゴイ微笑を投げかけながら、連行されたのである。

 定が品川館に投宿したのは19日午後5時半ごろ。その時のことは報知号外が詳しい。「その時の着衣は濃紺の地に茶の格子のセル」「そのうえ、縁なしの眼鏡をかけていた。女中がお茶を持って行くと、夕刊を見ながら『ずいぶん、すごい事件ね』と言い、女中が『恐ろしい女もいるものですね』と答えると、妙な笑いを漏らしていた」。

逮捕された「品川館」の部屋(『一億人の昭和史2』より)

 21日付朝刊各紙にはその晩、定が呼んだあんま(マッサージ師)の談話が載っている。細かい点は微妙に違うが、定の方から「新聞読んだ? 私は怖いから見出しだけしか読まなかったので、聞かせて」と言って、事件の大筋を話させたという。ずいぶんと大胆な言動だが、これらが皆「お定伝説」になっていく。

 各紙によると、定は「大阪の生駒山から飛び降り自殺しようと思って品川まで来た」と供述。遺書を3通用意していた。うち1通は殺害した吉蔵宛てで「私の一番好きなあなた。死んで私のものになりました。すぐ私も行きます。あなたの私より」となっていた。犯行の模様、動機についてもすぐ自供し始めた。(つづく)

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