いまから90年前、1936年5月18日に起きた「阿部定事件」。昭和戦前の事件を眺めて、抜きん出て後世の人々に強烈な印象を残し、伝説化している事件の一つだ。この事件の何が強烈な記憶を人々に刻み込んだのか。長い年月がたったいまも異様な光を放って人々を引き付ける、その正体は何なのか。当時の新聞記事は見出しはそのまま、本文は適宜書き換え、要約する。文中いまは使われない差別語、不快用語が登場するほか、敬称は省略する。(全5回の3回目)

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 石田吉蔵(42)を殺害した元女中・阿部定(31)は、各地で着替えながら逃走。事件から2日後の5月20日夕方、品川の旅館で逮捕されると、犯行の模様、動機についてもすぐ自供し始めた。

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相手は妻子ある男…「どんなに愛しても、会うことができない」

“添われる仲でなし” 寝顔みつゝ(つ)殺害 “愛するが故(ゆえ)に”と自白」が見出しの東京朝日(東朝)の記事にはこうある。

「石田との将来を考えると、石田には立派に妻があり、どんなに愛しても、このままでは1カ月中、半月ぐらいしか会うことができない。これでは、命を懸けてまで慕っているのに耐えられない苦痛である。むしろ、殺して自分も死ぬことが一番いいと考え、殺害を決意したのです。最も石田を愛していたのは私であるのに、葬式に立ち会えないのは誠に残念です。それで私は愛する男の体の一部を切り取ったのです」

事件があった待合(=芸者と飲食、宿泊ができる場所)、「まさき」(『決定版昭和史7』より)

 各紙は「血に笑う魔性の化身」「變態性の所業」「奇怪の愛欲地獄」「凶行まで廿(二十)六日間・情痴の鬼」など、相変わらずおどろおどろしい表現。おそらく日本の新聞史上、これほど性愛に関する刺激的・煽情的な語句が紙面に登場したことは現在までもないだろう。

 だが、その中でもわずかながら「彼女にも此の眞(真)情 遺書に(ほのめ)く人間味」(国民新聞〔国民〕)、「頽廃(たいはい)の底に純愛」(都新聞)などの記事も。読売は「捕えてみれば、この妖女のグロ犯罪は、怨恨にあらず、物欲にあらず、実に男の愛を絶対的に独占しようとする年増女の恋情と異常の淫虐癖が石田の被虐性と相交錯して、妖しく咲きただれた中年男女の愛欲図譜の終章(エピローグ)だったのである」と述べた。