「預けたものを返してください」

 報知は22日付夕刊で「証拠物」に触れた。

 さだは問題のハトロン(紙)包み*をどうしても諦めきれなかった。一度は係官に『では、お預けしますわ』と渡したものの、忘れることはできず、20日深更、独房に入れられる時『さっきお預けしたものを返してください』と執拗に迫った。係官がそれをなだめすかすのに小一時間かかった。『よしよし、あのままでは腐るからアルコール漬けにしてやるから、明日まで待つんだ』。ついにさだも寂しく納得した。

*定は男性を殺害後、相手の局部を切り取り紙に包んで持ち去っていた(#1、#2参照)

 国民も同じ日付で「石田吉蔵のシャツ、ズボン下、猿股を自分で着込んで石田の移り香をしのび、独房の片隅で懊悩を続けていた」と伝えた。こうした考えを「定イズム」と名付けた新聞も。

 報知は22日付夕刊から「妖笑する“さだ”イズム」を連載。同日の(上)は「勝ち誇るサロメ」と題し、オスカー・ワイルドの戯曲で悪女とされた王女になぞらえた。偶然か、同じ日付の時事新報も「これがサロメだ!」を主見出しに定を論じた。

ADVERTISEMENT

新聞は「定(さだ)イズム」などの“流行語”も作り出した(報知新聞)

 一方、定のパトロン的存在だった「大宮校長」こと大宮五郎に対しては、「とんだご迷惑をかけて申し訳ないと思っております」(21日付東日朝刊)と語った。その大宮は事件そのものには無関係と分かって21日に釈放されたが、校長を辞職。メディアを避けていたが、24日、尾久署で涙ながらに会見した。定と名古屋の料亭で知り合い、「亭主に死に別れ、一人の娘を伯母に預けているが、子どもの学費と養育費を得るために泥沼へ身を沈めている……というので、いたく同情した」と語り、定は事件に関しては一言も口にしなかったとし、今後は「ひたすら謹慎する」と語った。

事件の“評価”は

 事件や報道についての論評が現れ始めた。5月22日付萬朝報夕刊のコラム「時局瞥見」は「グロを喜ぶ社会の不健全」と題してかなり踏み込んだ意見を述べている。

 二・二六事件以来、とかく見えざる一種の重圧下にあった新聞が、このグロ味たっぷりの事件に反動的な興奮と熱意を傾け、詳細な報道に努めた結果、同様重圧下の市民に本能的な興味と一種の精神的解放を招来し、女は稀代の妖女と化して喧伝せられ、一世の中心人物となった感がある。

 要するに阿部定事件は、わが社会の不健全さと猟奇的探究の合致がこれほどの大事件にでっち上げさせたこと、ジャーナリズムが善悪を問わず偶像的人物を捏造(ねつぞう)する悪癖を露出したことに帰すべきもの。

 これに対し、22日付報知朝刊家庭欄で、のちに『赤毛のアン』の翻訳で知られる村岡花子は定を「一片の肉塊に等しい生活を強いられてきた女」とし、「吉蔵との関係は、初めて自発的の愛情を感じさせたのではあるまいか」と同情的な感想を述べた。