犯罪者の心理を分析し、犯人像を割り出す「プロファイリング」。今でこそ警察ドラマなどでお馴染みの手法だが、1980年代半ばのFBI内部では「単なる直観にすぎない」と冷遇され、予算もつかない状態だった。
そんな中、行動科学課のチームは50人以上の連続殺人鬼へのインタビューを敢行した。すると、“意外な結果”が浮かび上がってきたそう。ここでは、看護学博士でレイプ研究、被害者学研究をきっかけにFBI行動科学課で捜査官たちに協力することになったアン・W・バージェス氏他による『怪物の顔 快楽殺人者のプロファイル』(大和書房)の一部を抜粋し、捜査技術が確立されるまでの知られざるドラマを紹介する。
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プロファイリング黎明期…
80年代半ばになっても、FBI内には、プロファイリングはテクニックというより直観にもとづくものだという間違った考えがはびこっていた。この新たな捜査方法を開発するために積み重ねられた無数の研究を、どうしてここまで頑なに無視しようとするのか、私には理解できなかった。それにそのせいで私の仕事もどうなるか、予断を許さなかった。
プロファイリングの成功例はどんどん増え、しかも行動科学課が関わるまえはお手上げ状態だった事件ばかりなのに、私たちの職場の未来は定かではなかった。犯罪パーソナリティ研究に今後も予算がつくのかどうか保障されていなかったし、FBIのお偉方はプロファイリングのための研究についても、プロファイリングそのものについても、相変わらず態度を曖昧にしていた。
それでもジュベール事件(注:シリアルキラーのデータ分析で得た発見を捜査に活かすきっかけとなった事件)で初めて成果を出してから3年間のあいだ、外部機関から協力を求める依頼が急激に増えた。1981年には50件だったが、年々倍増していった。私たちの仕事がみんなから求められていることは明らかなのに、どうして支援を得られないのか? レスラー(注:FBI行動科学課の特別捜査官)の答えははっきりしていた。
「FBIもしょせんはくだらない官僚主義に縛られがちなのさ」
私は普段は犯罪パーソナリティ研究の先行きの不透明さについては無視することにし、目の前にある日々こなさなければならない仕事に集中した。結局のところ、研究というものは、場所が大学であれ、病院であれ、そしてどうやらFBIでさえ、本質的に先行き不透明なのだ。保障など何もない。
