1983年、彼はシアトルでの仕事中に倒れて意識不明となり、病院に救急搬送された。髄膜炎であやうく命を落としかけたのだ。ヴァージニアの自宅に戻ってリハビリし、なんとか自分の足で立てるようになるまで何か月もかかった。
「地上最凶のやつらを狩りだす6年間の報いだと思ったよ」と彼は言った。以降、私は定期的にチームメンバーと面談し、担当する事件のせいで精神的に参ったりしていないかチェックするようになった。私たちはたがいにできるかぎり様子を確認しあい、支えあう必要があった。
捜査経験で変わるプロファイリング・プロセス
このことから、1984年夏、私はまた別のことに注目するようになった。私が理解したかったのは犯罪者の心理だけではなかった。捜査官たちの心の動きも知りたかったのだ。彼らの目的がアンサブの心理を考えることだとすれば、彼らのアプローチ方法についても1つひとつ正確に知る必要があった。そうすればプロファイリング・プロセスの方法論をよりよいものにできるはずだ。
そこで私は観察を始めた。各捜査官の考え方や行動パターンに注目し、目にしたことを書き留めた。映像で考え、犯行の様子を想像して頭の中で構築する者もいれば、頭の中でチェックリストを作って考えを整理する者、白紙の状態でミーティングに臨み、ほかの人の分析に疑問を投げかけて自分の意見を丁寧に組み立てていく者もいる。そんなふうにやり方は違っても、捜査官たちは80パーセント以上の確率で同じ結論にたどり着いた。不気味なくらいだった。
たとえば、のちにジョン・ジュベールと特定されるアンサブ(注:[Unknown Subject]特定前の容疑者)の身長と体重を想定しようとしたとき、レスラーは、被害者を道端に捨てていることから、容疑者は痩せていると考えた。
被害者を遠くまで運ぶ体力がないことを示唆している、というわけだ。ヘイゼルウッド(注:FBIの管理官)も容疑者は瘦せ型と考えたが、その理由は足跡の歩幅が狭かったからだ。両捜査官ともアンサブを“細身”とし、実際そのとおりだったが、推理方法はそれぞれ違っていた。それまでのキャリアが違うので捜査経験も違っていたせいだろう。
こうした答えの収束ぶりからいくつか疑問が浮かんだ。教えられるとしたらプロファイリングのどの部分か、経験によって磨きあげられるのはどの部分か、特定の捜査官にプロファイリング向きの素質があるかどうか、それをどうやって査定できるのか。私にもわからなかったが、調べる絶好のタイミングだと思えた。
