「もう一度結婚してみたい」相談した“親友”の反応は…
和は、2人仲睦まじく台所に立っていた鄭永慶夫妻を懐かしく思い出す。運命に導かれるかのように大山巌と結婚した捨松。妻を「愚妻」ならぬ「賢妻」と呼ぶ植村正久。彼らのような夫婦になれるのであれば、もう一度結婚してみたい。
妻を大切にし、対等に扱う夫。彼らが皆クリスチャンであることに、和は気がついていた。尚江となら、彼らのような対等で思いやりにあふれた夫婦になれるかもしれない。とはいえ、看護婦の仕事は続けられるだろうか。尚江は社会運動家として全国を飛びまわるだろう。彼と一緒に暮らすとなれば、少なくとも今と同じように働くことはできない。
すでに冬の日は暮れていた。和は俥を拾うと、雅のいる東京看護婦会へ向かう。雅はほとんど毎日、早朝から深夜まで仕事をしているので、まだいるはずだ。
自分が足繁く監獄署へ通うことを快く思っていない雅に、尚江とのことを話したところで、水を差されるに決まっているが、ほかに相談する相手もいない。それに尚江は、出署したら東京看護婦会へ来ると言っていた。雅にはあらかじめ話しておいた方がいいだろう。
到着すると、日帰りの派出から戻った看護婦たちが申し送りを済ませ、帰宅するところであった。雅は事務室で、翌日の看護講習の準備をしている。最近は雅も和も、附属の講習所で後進の育成に力を入れていた。和が結婚を申し込まれた話を切り出すと、案の定、雅は否定的な反応をする。
「いきなり結婚を申し込むなんて、失礼な方ですね」
「いきなりではありません。こうして生まれた日に贈り物をいただいたこともありました。西洋では『誕生日』を祝う習慣があるそうです」
雅は、和が差し出した和紙を広げる。そこには、茶色く干からびた桜の花びらがあった。
「『こんなものしか用意できず、面目もありません』とおっしゃって」
「そうでしょうね」
和は、雅の嫌味に気がつかない。
「それで、結婚の申し込みはどんなふうに?」
「もちろん、結婚してくださいと。それから『この10カ月、とても幸せでした。もっとここにいたいくらいです』とも」
和の頬が思わず緩む。
「木下さんは、ずいぶんと芝居がかった人なのですね」
たしかにそのとおりだと和も思う。初めて高田で会ったときも「ずっとあなたに会いたいと思っていました」と言われ、少し驚いた。しかし、それにしても雅の言い方にはずいぶんと棘がある。
「雅さんは、まだ木下さんに会ったことがありませんよね。そういう批評は、会ってからにしてもらえませんか」
「わかりました。ではお会いする日を楽しみにしています」
雅が心にもないことを言うので、和はそれ以上相談することを諦めた。


