親にとって不都合な子供たち

 主に未婚の男女の間に生まれ、始末に困る私生児を預かって寿産院で養育し、子供を欲しがる者に引き渡す貰い子ビジネス(特殊産院)だ。現代で言うところの、特別養子縁組の斡旋である。

 戦争中だったこの当時、人口の増強を目的に政府も推進していた事業だが、その背景には一つの刑法の存在があった。人工妊娠中絶を罰する堕胎罪で、これを犯した者(妊婦本人や医師、助産師など)は3ヶ月以上7年以下の懲役に処せられることになっていた。

 そのため不倫関係でできた子供や父親不明の私生児は、出産後に闇に葬られるケースも少なくなかった。

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写真はイメージ ©getty

 こうした悲劇を防ぐため、育てられない子供を一定の金額で貰い受け、実の親に代わって養育するのが特殊産院で、当時は戦争未亡人、ダンサー、女給、娼婦などに多くの需要があった。

次の記事に続く 《懲役は⋯》「死ぬのは当然でしょう」赤ちゃん169人を死亡させても「親が悪い」と責任転嫁⋯貰い子ビジネスで大富豪になった『夫婦のその後』(昭和23年の事件)