「Hi, Haru. I’m Steve Jobs.」。2003年秋、ある日本人の留守番電話に、スティーブ・ジョブズの声が残されていた。この時期のジョブズはすい臓がんの告知を受け、人生最大の岐路に立たされていた。
東京・銀座の画廊で⻑年、⽇本の「新版画」を集めたいというジョブズの接客を続けてきた松岡春夫さん。ジョブズは松岡さんの画廊の片隅でだけ、鎧を脱いだ「一人の人間」としての素顔を見せていたという。
元NHK記者・佐伯健太郎さんの書籍『スティーブ・ジョブズ1.0の真実』(晶文社)より、一部を抜粋して紹介する。(全3回の1回目/つづきを読む)
◆◆◆
ある日は娘リサとともに現れた
日本に来るたびに兜屋画廊を訪れたジョブズは、人が少ない午前中が多かったが、1日に午前と午後の2回立ち寄ることもあった。
一度だけ、娘のリサを連れてきたことがあった。リサについては、ジョブズが親権を拒否し、養育もしなかったという複雑な経緯がある。
松岡さんがいる部屋に入ってきたジョブズは、「娘のリサだ」と言って紹介した。親子は勧められた椅子に座った。松岡さんはいつもどおり、マップケースから作品を取り出して、一つひとつ見せていった。
ジョブズは黙って作品に目を通していた。ただ、横にいたリサは、ほとんど関心がないという表情だった。松岡さんは「にこやかではなかった」と言う。そして、「たぶん、父親のジョブズさんとそれほど打ち解けていない頃ではないか」と話している。
これは、いつ頃のことだろうか。
