めずらしく怒りをあらわにした瞬間

 一方、ジョブズにとって、松岡さんの店に通った時期は、自ら創業したアップルから追放された時期とも重なる。

 1985年4月23日、松岡さんは、ジョブズが厳しい口調でこう言ったのをよく覚えている。

「おれは1株を残してアップルを去るんだ!」

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 この12日前には、アップルのジョン・スカリーCEO(最高経営責任者)が、ジョブズにマッキントッシュ部門のトップから辞任し、新製品の開発に集中してもらうことを、取締役会で正式に提案していた。そのとき、ジョブズは友人に涙さえ見せていた。

松岡春夫さんがジョブズから受け取った4枚の名刺(著者撮影)

 その後、5月末にはジョブズはすべての業務から解任され、9月半ばにはアップルを辞めて、ネクストを創業した。ジョブズの自伝には、「1株残したのは、株主総会に出たいと思ったときに出られるようにするためだ」とある。

 画廊を訪れたジョブズは、思わず、スカリーに対する怒りの言葉を、松岡さんにも吐いてしまったのだろう。当時の経緯と照らし合わせると、ジョブズはこのときから自分の身の振り方を決めていたことになる。

 それでも、ジョブズの新版画への情熱が変わることはなかった。アップルを追放されたあとに立ち上げたネクストが苦境に陥ったときでもそうだった。

 1987年4月に購入した「大坂高津(おおさかこうづ)」は、⻘色で強調された宵闇(よいやみ)の無人の寺だ。ジョブズの孤高の姿を作品に重ね合わせてしまう。