13歳の記念に連れてきていた

 リサが2018年に作家としてデビューした著書『Small Fry』には、14歳のときに学校の旅行で日本を1か月ほどまわったとき、ビジネスで日本を訪れていたジョブズがいきなり滞在先に現れて旅行のおみやげ代として1万円を渡し、彼女を驚かせたことが記されている。しかし、このときリサがいたのは東京から離れた場所だったので、画廊に来たのはこの時期ではないだろう。

スティーブ・ジョブズの娘リサ ©︎getty

 また、ジョブズの自伝には、子どもたちが13歳の誕生日を迎えてティーンエイジャーになったら好きなところに連れて行くという約束をし、2010年に、妻ローリーンとの間に生まれた2人目の子どものエリンを、京都に連れて行ったことが記されている。その箇所には、「その20年前、ジョブズは、エリンの腹違いの姉、リサ・ブレナン=ジョブズがエリンと同じくらいの歳のとき、やはり、日本に連れて来ている」とある。リサは1978年5月生まれなので、日本を訪れたのは1991年頃ということになる。

 自伝によると、このとき、東京のホテルオークラのすし店で、ジョブズはリサと一緒に大好物の穴子を食べた。そこでは、「温かい穴子が口のなかで崩れるほろりとした感覚をいまもよく覚えているとリサは言う」と記され、「父といてあれほどゆったり落ちついた気分になったのは、穴子のお皿を前にしたあのときがはじめてでした」と続いている。

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 松岡さんが接したリサが「にこやかではなかった」とすれば、画廊を訪れたのは、父親と穴子を食べる前だったのかもしれない。いずれにせよ、このときのリサは、新版画にはまったく関心がなかった。

ジョブズは時々ビジネスの話をした

 画廊に通うようになったジョブズは、時々、自分のビジネスについて話すようになった。

 ジョブズは、ソニーの当時の盛田昭夫(もりたあきお)会長のことをよく話題に出して、「盛田さんにヘリコプターに乗せてもらって、東京を一周した」と笑顔で話していた。また、ソニーが開発したブラウン管の「トリニトロン」が欲しかったと話し、それに関する商談がまとまったときには、店内で子どものようにはしゃいでいた。

 松岡さんは、「私たちはビジネスに関係のない第三者なので、ほかの人に話す必要がない。よっぽどうれしかったのではないでしょうか」と話している。