なぜ留守電メッセージを残したのか
ジョブズが1996年末、アップルに11年ぶりに復帰すると多忙になり、松岡さんが留守録音にメッセージを残しても、しだいに会う手段が途切れていった。このため、松岡さんが、ジョブズ定宿のホテルオークラに作品を届けることが多くなった。
松岡さんのメモによると、1999年2月15日には、川瀬巴水、伊東深水、鳥居言人の作品を届けている。その3日後、ジョブズは幕張メッセで開かれたマックワールドで、暫定CEOとして基調講演を行った。
松岡さんにとって最後となるジョブズへの連絡は、2004年12月27日だった。伊東深水の貴重な2つの作品が入手できたことをファックスで知らせた。しかし、これを最後にジョブズとのやり取りは途絶えた。
実は、前年の2003年の秋、すでに兜屋画廊から独立していた松岡さんの店の留守録音に、ジョブズの声が残されていた。
「Hi, Haru. I’m Steve Jobs.」
それは、ジョブズがマッキントッシュのデビューのときに発した声にとてもよく似ていたという。松岡さんは電話越しにジョブズと話すことはあったが、このときは「なんだろう」と、妙に印象に残ったそうだ。
このころのジョブズは大変なことに直面していた。10月にすい臓がんを告知されていた。自伝によると、ジョブズはその後、いろいろな人に電話をしている。
僕は、その人たちの中に、松岡さんも含まれていたのではないかと思うのだ。僕には経験がないが、癌の告知という人生の重大な岐路に立たされた人が、果たして、会社の同僚に電話するだろうか。気のおけない友達と話をして気をまぎらわせたいと思うのが、ふつうではないだろうか。
ジョブズの声が松岡さんの留守録音に入っていたのも、ジョブズが癌の告知を受けた10月も、季節は秋だ。地球の反対側にいる松岡さんとお互いの近況や大好きな新版画のことについて、たわいもない話をしたかったのではないか。僕はそう思う。ジョブズだって人間だ。この留守録音のエピソードは、カリスマではなく、人間としてのジョブズが感じられて、とても切なくなる。(つづく)
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