現実は不安でいっぱいだけど⋯

 現実の世の中は、不安でいっぱいです。世界のあちこちで戦争は絶えることがなく、世の中は帝国主義時代に戻っているようにも見受けられる。国内的には災害が頻繁に起こり、いつどこで大地震が起きるかわからない。

 物価はどんどん上がり、不景気が続き、人々の心はささくれだって、メディアは人の不安を煽り立てる。真剣に考えていると、笑っている場合ではない気もしてきます。でも、さんざん悲観的になったのち、さらに考えをすすめていくと、「笑うしかないか」という結論に達するのです。

 もちろん、近い将来に向けて準備しておく必要のあることは山のようにあります。弟からは、「姉ちゃん、そろそろ遺言書を書いておいてよ」と催促されるし、「地震に備えて水を確保しておきなさい」とすすめてくれる人もいます。私の部屋を見渡して、「ものを減らすべきなんじゃない?」と嘆息する友人もたくさんいます。

ADVERTISEMENT

 おっしゃる通り、そうよねえ、頑張らなきゃなあ。言葉ではそう返しますが、実行できたためしはない。

 親の介護経験者として、後輩諸氏から、「いつ頃から介護の準備をしておくといいですか?」と質問されることが増えました。そのたび、「うーん。人によるからねえ。そうなったときに考えれば? そういう事態に陥るずっと前からあまり暗くなっていると、疲れちゃうわよ」と無責任なことを言ってしまいます。

「そろそろ高齢者施設を決めておいたほうがいいわよねえ」

 同世代の友だちに語りかけられることもあります。私は少し考えてから、

「そうだねえ」

 同意しながら、ぜんぜん考える気がないなと自分でも思います。

 もちろん、用意周到、準備万端な人が最後に勝つに違いないと思っています。でも私はできれば、「今日が幸せなら、じゅうぶん幸せ」を積み重ねた末に、最期のゴールに到達したいと思っているふしがあります。

 たとえそれが、自分の思ってもいない結末になったとしても、恨むことなく後悔もせず、「今を生きていたからしかたないな」と笑って受け止めたいのです。

年とる力 (文春新書)

阿川 佐和子

文藝春秋

2026年5月20日 発売

最初から記事を読む 「もう昔の母には戻らない」もの忘れが増え、娘の名前もわからない⋯阿川佐和子さんが直面した『認知症の母に起きた異変』