「弱火でコトコト」は間違いなのか?
じゃがいもはデンプン粒を含む何万個もの細胞で構成されています。細胞同士はペクチンとセルロースという物質でできた細胞壁でつながっていて、加熱するとペクチンが溶け、デンプンは水分を吸収して膨張し、粘りのある糊(ゲル)を形成して細胞内を満たします。
今回の肉じゃがに使われているにんじんや玉ねぎといった野菜にはデンプンはありませんが、ペクチンとセルロースで細胞を構成している点は同じで、これらの野菜に「火を通す」とはペクチンを溶かし、細胞同士のつながりをゆるめ、やわらかくすることです。
上のグラフは「野菜の最適加熱時間の予測」という論文から引用したもの。この論文では11種類の野菜を選んで、タイトル通りに野菜ごとに「何分煮るのがちょうど良いか?」を実験しています。縦軸にある数字(0.80や0.76)と点線は「野菜がちょうど食べ頃のやわらかさ」になったことを示しています。
このグラフからじゃがいもは95℃以上で加熱しなければ、やわらかくならないことがわかります(隣のにんじんは90℃でも時間をかければやわらかくなることもわかります)。
見過ごされがちなポイントがもう1つ。多くの野菜で50~80℃、特に60~70℃で加熱すると酵素の働きなどで細胞壁を構成しているペクチンが硬くなるのです。この現象を「ペクチン硬化」と言います。これは植物が細胞死から自分の身体を守るための現象と考えられ、一度硬くなったペクチンは再びやわらかくはなりません。
通常の加熱調理ではいつも軟化と硬化の両方が同時に起こっています。加熱していくと食材の温度はかならず50~80℃の温度帯を通過するからで、この時間が長いほど硬化現象が強く見られます。つまり、弱火でゆっくりと加熱=50~80℃の温度帯を長く通過させるとじゃがいもがやわらかく煮えないのです。これが強火で煮たほうがおいしい、という理由です。
「煮物が苦手で野菜が硬くなりがち」という人は焦げるのを恐れて水を足したり(せっかく上がっていた温度が下がります)、弱火に落としたりしている可能性があります。その点、強火で一気に煮上げる尚さんのレシピは理にかなっているのです。
