「学級崩壊で知られるこの学校に赴任することになった」

「新2年生の学年になる子たちがなかなか厳しい」

「教室での暴言、陰口が続いている」

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 4月が近づき、その先生が「教務主任になった」と聞きました。校長や教頭と同じくクラスを担任せず、全体のケアをしていく役割です。実力があるからこそ、管理職に近い役割を任されるようになったのです。

 もともと、その先生の専門は「学級運営」でした。大都市では教科領域別に研究会があって、先生たちがそこに属します。その領域ではエースと見なされている先生でした。実際に授業を見たこともありますが、はきはきしていて非常にいい印象でした。

 しかし、5月にはもうその先生は学校にいませんでした。1ヵ月ほどしか耐えられず、精神的に追い詰められて休職していたのです。教務主任として、時折このクラスにも道徳を教えに行ったそうですが、かなりの暴言を吐かれたと。

「誰? あんた」

「うるさいねん」

 そのまま7月に辞職してしまいました。いまは他市で臨時講師として働いていて、元気になっているそうです。

「でないと、この担任の先生は潰れますよ」

 飛び込み授業に行くと、その後はたいがい学校側と研修会やセミナーなどがセッティングされています。

 私はその日だけは「呼ばれた立場で言うのはいかがなものかと思いますけど、だから、こっち向いて言いますと」くるっと壁のほうを向いて、こう話しました。

「これはね、学年を2クラスに分けたほうがいいですね。単学級をやめたほうがいい。2年1組と2組に分けるのです。学年の途中であっても。でないと、この担任の先生は潰れますよ。いますでにひとり潰れているじゃないですか。このままだと高学年ではもっと大変になります。学校自体が崩壊してしまいかねません。今だったらまだ間に合うと思います」

 それから1週間後にこの学年は2クラスに分かれたそうです。年度の途中にクラス替えがあるというのは異例なことですが、学校側は私の「アイデア」を実行されたのです。

 一方、この日、口にしなかったことがあります。そもそもいまの授業の進め方がよくない、ということです。ただ受け身の授業で、面白くないから、じっとしていられないのだろうと。私が飛び込み授業で子どもたち同士のコミュニケーションを仕向けても、とても考えを話し合うというような状況ではなかったのです。

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