阿武隈(あぶくま)の山々に深く抱かれた福島県の葛尾(かつらお)村。村にたどり着くには、峠を越えるか、断崖や渓谷沿いの道をたどるかしかなく、喧噪から隔絶されたような場所にある。その村で5月、真っ赤な花が咲いた。

赤い花がゆらゆら揺れる。今年は開花が早く、5月中旬はもっと赤かった(葛尾村)

人口470人の村に県外からの観光客

 クリムゾンクローバー。「crimson」は濃く鮮やかな赤を意味する英語で、深紅の花を咲かせるクローバーだ。和名を「ベニバナツメクサ」と言う。緑の山に囲まれて、赤々とした畑が浮かび上がるさまは絶景と言うほかなく、多くの人が写真撮影などに訪れた。

畑が真っ赤に染まった(フェスティバル期間中、葛尾村役場撮影)

 村は今年、イベントを行うなど観光への仕掛けを本格化させたが、そもそもなぜ植えられるようになったのか。美しさの裏側には、悲しい物語がある。

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「いやぁ、驚きましたよ」。松本哲山(てつやま)さん(69)が振り返る。松本さんは毎年、クリムゾンクローバーの種をまいている村民の一人だ。

 今年は5月19日~24日の6日間、村役場が初めて「クリムゾンクローバーフェスティバル」を開いた。観光客向けのクローバー畑のうち3カ所に、赤いブランコ、白いピアノ、紺のソファを置いてフォトスポットを設けるなどしたのだ。すると、数え切れないほどの人が来た。

松本哲山さんのクリムゾンクローバー畑にはフェスティバルの期間中、赤いブランコが置かれた(葛尾村役場撮影)

 クローバー畑の場所は村の中心部にある復興交流館「あぜりあ」で10カ所ほど紹介したのだが、同館を訪れた人は1日に最高約600人。「『あぜりあ』に寄らずに畑へ向かった人もいるので、多い日は1000人ぐらいが村を訪れたのでは」と松本さんは見ている。もしそうなら、村の在住者の2倍もの来訪があったことになる。2026年5月1日時点で村に住んでいたのは、たったの470人だ。

葛尾村の復興交流館「あぜりあ」。クリムゾンクローバー畑のうち観光客が見て回れた10カ所ほどを施設内の地図に掲示した(葛尾村)
葛尾村の全図と、観光客が見て回れたクリムゾンクローバー畑の位置(葛尾村、復興交流館「あぜりあ」)

 それだけではない。「白が赤に映えるのでしょうね。白い服を着た男の子が白いピアノを弾いているところをお母さんが撮る。白いワンピースを着た妻や彼女を連れて男性達が撮影に来る。東京、和歌山、仙台……、遠方からの来客もありました」。