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除染で田んぼの土がダメになった
葛尾村の除染は大きく分けて2段階で行われた。松本さん宅など多くの地区は避難から5年3カ月後の2016年6月12日に避難指示が解除された。放射線量が高かった1地区については、さらにそれから6年後の2022年6月12日に立入禁止のゲートが取り外された。この地区では数軒の小集落がまだ解除されていない。
松本さんは避難指示が解除されるとすぐに帰還したが、再び牛を飼うことはなかった。「二度とかわいそうなことはさせたくないし、味わいたくない」という思いからだ。
会社は退職したものの、溶接や畜産で培った技術で困りごとの相談に乗り、和牛の繁殖農家が村で飼育を再開する時には、高齢でも使いやすい器具を発明するなどしてきた。このため「葛尾のエジソン」と呼ばれることもある。
田んぼの再開は難航した。除染で表土をはがし、山土などを客土したからだ。
「山土は雑草も生えないほど地力が低いのです」と語る。
岩ばった土地が多い葛尾村では何代もかけて土づくりをしてきた。田んぼの畦や土手に生える雑草を刈って牛の餌にし、堆肥を圃場に戻す循環型の土づくりを重ねてきたのだ。しかし、畦や土手は除染されず、雑草を家畜の餌にすることは禁止された。




