女子サッカー界を背負うことへのプレッシャーは?
――それでも、澤さんは日本女子サッカーを背負う存在として見られていました。プレッシャーはありませんでしたか?
澤 プレッシャーがあった方が、それに負けないように頑張れましたね。プレッシャーがあるからこそ自分を追い込めたとも思うので、全然大丈夫だったかな。それもやっぱり、一人で戦っているんじゃなくて、チームスポーツだったからですかね。
自分ができないことは、宮間(あや)だったり、阪口(夢穂)だったり、メンバーに「お願い」って頼めていた。自分が全てやらなきゃいけないとは思ってなかったし、私が他の人の背中を見ることもたくさんありました。
バロンドール賞も、私個人がいただいたものとは思っていません。チームを代表して私が受け取ったと考えています。私がすごいんじゃなくて、当時のなでしこが頑張った。
今でも当時のチームメイトと笑いあう
――皆さん、キャラ立ちしていましたよね。それに、アルバイトをしながら日本代表という……。
澤 当時のメンバーはほぼ全員、仕事かアルバイトをしながらサッカーをやっていましたね。今でもみんなと会います。会うといつも同じ話題を繰り返して、同じところでまた笑うんですよ(笑)。同じ話をしていても飽きない仲間がいるのは人生を豊かにしてくれます。
――サッカーという体力の消耗が激しい競技で、37歳までトップで活躍し続けられた理由は?
澤 サッカーが下手だったから、ですね。もっと上手くなりたいと渇望する日々でした。
でも33歳でめまい症に苦しみ、徐々に思考と体が一致しなくなってしまって。もともと、トップレベルで活躍できなくなったら、そこが引退のタイミングだと決めていたんです。カナダW杯の前に引退するべきかどうか自問自答を繰り返して、それでも夫のサポートもあって、引退を1年延ばしました。
