「演出家が優先順位を決められないから、指示が曖昧になり、あれも頑張ってこれも頑張ってみたいなことになってくるわけです。各セクションが分からないまま一斉にやるしかないという、そういう状態になりつつあります。そういう制作現場の状況で、プロデューサーたちは『扱いやすい、原作をそれっぽくやってくれるスタッフ』ばかりを重用し、結果として、意欲のあるスタッフが現場から排除されていく悪循環が起きています。
意識してか無意識かは別にして、意欲があるスタッフに対して、結果的に仕事を出さなくなってきています。使いやすい人にしか仕事を出していかないので、そうすると意欲がある人は、現場から離れます。業界から離れるということです」
日本アニメの未来――「表現の自由」を守るために
第8段階として谷口氏は「アニメの今後10年」に話を進めた。すでにアニメは世界中に広がり、海外のファンやクリエイターが、日本の古い作品や作家性を純粋にリスペクトし、大切にする土壌が育ちつつある。しかし同時に、日本の強みが急速に失われていることも事実。
「江戸時代末期から明治初頭に、浮世絵などが海外に大量に流出したということがありました。おそらくそれと同じことがいま起きてます」
もし、日本国内のマーケットが、目先の利益だけを追い求め、ライト層向けの「高速消費型作品」ばかりにシフトしてしまえば、中国や韓国の圧倒的なスピード感に日本は勝ち目を失うだろう。
講義の締めくくりに、谷口氏はこう語った。
「私自身は、元々監督になった時から、いろんなジャンルのいろんな作品をやるということを念頭に置いてました。代表作の存在によって依頼される仕事が一つのジャンルや作品に集中していく先輩を見ていたからですね。ヒット作をシリーズ化してやっていくより、いろんな作品をやっていく『表現の自由さ』が私は欲しかったんです」
そうした過去に囚われない作品は、国内より海外で評価されることも多く、アニメを単に商業的な消耗品にしないためには、世界の観客の目を意識した作品作りをしなければならない。
「しかし日本のアニメにはまだ希望があると私は思っています。人が人である限り、必ず物語を必要とします。人や世界の見方を広げること、気持ちや選択を疑似体験すること、出来事に意味を見つけること、強い刺激やドキドキを楽しむこと、孤独をやわらげ他者とつながること、過去の出来事や知恵を継承すること。アニメはすべてをカバーできるんですよ」
