この日の主役は佐々木勇気だった
未知の局面に突入し、お互いの考慮時間が長くなる。佐々木が話題に出したのは、両対局者の昼食や、不二家さんが提供するおやつのこと。伊藤の昼食の鰻重や、午前のおやつに両対局者が頼んだ「milkyクリームドーナツ」が画面に映ると、「これ(おやつ)美味しかった。これが私の昼ごはんだった」と、天真爛漫な佐々木らしいコメントが飛び出した。
ちなみに午後のおやつも両対局者は揃って「北海道産夕張メロンのダブルミルクレープ」だった。私はドーナツもミルクレープもいただいたが、どちらもとても美味しかった。
さて、次に登場したのは高見七段と聞き手の鎌田女流2級。高見は伊藤の充実ぶりを讃えて「本当に楽しそうに将棋を指していますよね」と言い、鎌田も「そうですね」とうなずく。現在、鎌田は高校に通っており、本局の記録係を務める國井三段とは同学年の3年生だという。高見の「高校生と話をすることがあまりなくて……」という言葉に会場から笑いが起きる。ほとんど手が進まなくて解説が難しい中、あの手この手で話題を広げて場をつないでいた。さすがのエスコート力だ。
しかし、この日の大盤解説の主役は、間違いなく佐々木だった。
佐々木は近々、斎藤とは王将戦の二次予選で、そして順位戦A級初参戦の伊藤とは初戦!で激突する。この機会を研究に生かそうと、局面を真剣に検討していた。
だが、解説のテンションはイケイケノリノリ、フリースタイルであちこちに話が飛ぶ。突然面白い話をぶち込んだかと思えば、勝負師としての真剣な話にという調子だ。
立会人の森内九段とのダブル解説では、森内が「とても難しくて、一手一手が重いですね」と局面の感想を述べたところ、佐々木が突然「森内先生、ご自身のA級順位戦の初戦のことって覚えていますか?」と質問を投げかけた。すると森内は、間髪を入れずに答える。
「覚えていますよ。森下(卓九段)さんに矢倉で完敗したんです。厳しいリーグに入ってしまったなと思いました」
これには私もびっくりした。31年前(1995年6月)の対局のことを、スラスラと答えたのだ。1995年は私が棋士になった年なので、森内がこの年にA級に昇級したことは記憶している。だが、初戦の相手も内容も鮮明に覚えているとは、森内の記憶力には恐れ入る。
「自分も今期からA級の初戦でイトタク(伊藤)と当たるので、彼の印象に深く残るような将棋にしたい。本当は彼が王位戦(藤井聡太王位との七番勝負)を戦い終えたあとに当たりたかったけれど」
佐々木が真剣な表情でつぶやくと、森内も「その気持ちはよくわかりますよ」という表情で深くうなずいていた。ちなみに森内自身は語らなかったが、彼はその期、森下に敗れたあと7勝1敗の好成績を収め、初参加ながらA級で初の名人挑戦権を獲得している。







